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バンド・ワゴンのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

バンド・ワゴン(1953年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

かつてダンス映画で名声を得た俳優トニーだが、今や過去の人となっていた。ある日、旧友のマートン夫妻が、彼のために書き下ろした舞台の話を持ち掛けてくる。トニーは初め戸惑うも、その企画へ参加することに。トニーの共演者には新進バレリーナのガブリエルが抜擢されるが...。

数あるアステア作品の中でも評価が高いミュージカルの秀作。
すでに落ち目となったミュージカル俳優というのが、全盛期を過ぎた当時のアステアと被るメタフィクション的な内容が皮肉で面白い。

新作舞台に起用されるも、舞台監督がファウストを元にしたというヘンテコリンなミュージカルに改編してしまい、舞台は大コケ。
しかし、トニーを中心に新しく組み直した公演は大ヒットして、めでたしめでたし…という他愛のない話。

では何が良いのか?というと実際に全盛期を過ぎたアステアと、彼が演じる主人公がシンクロし、「まだまだ、やれば出来る」と思わせるのが良い。

フレッド・アステアは、当時50歳を過ぎていて、かつて見られたハイスピードで超人的なダンスとはいかないが、それでも優雅で緩急のあるダンスのキレは流石。
序盤に靴磨きの椅子に座ったまま披露する軽やかな足技は、相当な体幹がないとバランスを崩して転げ落ちてしまうだろう。

個人的に一番の見せ場だと思うのは、中盤の公園でガブリエルと踊るシーン。
強気でプライドの高いプリマドンナと思っていたガブリエルが、口喧嘩から泣き出して心の弱さを見せる。
同様に舞台への不安を抱えていたトニーが「君や、才能のある若い人たちが怖かったんだ。」と素直に本音を語り、2人が打ち解けた後の名シーンである。
自分たちに出来る踊りを作ろうと言ったきり、無言のまま2人の身体が勝手に動きだす。
ガブリエルは脚を高く上げてバレエの動きを取り入れ、トニーは彼女をリードするというよりは、身体をそっと支えて、次に導くようなステップを見せる。
忙しないジャズやタップダンスのビートではなく、バレエに合わせた流れるような動きの美しさに見惚れてしまう。

ドラマの部分でアステアは持ち前のスマートな身のこなしと飄々とした表情で開演初日が迫る舞台裏のドタバタを笑いに変え、一方、ミュージカルの部分では、歌やダンスの腕前を披露しつつ、さらには終盤は舞台公演ダイジェストでバラエティ豊かな演技を見せる…。

まさにアステアのための賑やかで贅沢な構成。
舞台エンターテイメントの世界だけあって「次(の幕)はどうなる?」と思わせる話の転換が見事。
実は起承転結がしっかりしている。
最悪の出会い、舞台の大コケ、仲間たちとの巡業、そして大成功と落ち目のスターであるトニー(つまりミュージカル)が復活する夢を実現するのだ。

まださほどミュージカル映画を懐かしがる時代でもなかったとは思うが、フィルム・ノワールやSFの台頭で軽いノリのミュージカル作品は作りづらくなったのが50年代。

だが、大コケしたファウストの舞台はある意味SFであるし、クライマックスの舞台はフィルム・ノワールのパロディ。
アステアが演じる探偵はまるで身軽なハンフリー・ボガード。
ガブリエル役のシド・チャリシーも美しく踊るというだけでなく、魅力的なファム・ファタールの二役を演じ分け、存在感を見せる。

ミュージカルの栄枯盛衰を嘆くのではなく、流行も貪欲にミュージカルに取り込み、陽気にエンターテイメントを楽しもうという姿勢に貫かれている。
難点はトニーが舞台の成功も仲間の信頼もガブリエルの愛も贅沢にも獲得してしまうことか。
「ザッツ・エンターテインメント」の合唱によって映画は幕を閉じるが、アステアだけでなく、エンターテイメントには「まだまだ、面白いことが出来る」と可能性を感じさせる作品である。
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