宮崎駿が何度も引退を撤回するのを批判している人がいるが、本当に分かってない人が世の中にはいるもんだ、と思う。
作る人たちは作りたくなったら止まらないだろう。
もう作らない!というのも、
また作りたい!というのも本心なんだから。
チャッブリンも前作「独裁者」で引退を決意したらしい。
あれほど、こだわっていたサイレントを捨て、
絵として魅せる・観せることを映画の基本としていたのに、ラストは大演説で締めなければいられなかったチャッブリン。
そんな彼は、独裁国家への勝利に酔いしれることはなかった。
連合国側が平和を守ったんだ!なんて思えなかったんだろう。
彼の眼には戦争は大量殺戮としか見えなかったのではないだろうか。
博愛主義で、貧しきものの生活の中に、幼き子や捨て犬や盲目の少女の味方を貫いてきたチャーリーが、
最後の作品として選んだのが、殺人者だったのだ。
ラストカットとして撮ったのが、死刑台へ歩む朝だったのだ。
何たる皮肉!
これをもちろん快くは思えない。
しかし、作家チャッブリンの心情は十分に慮ることはできる。
この作品は喜劇王の壮大なセルフパロディとも言えるのではないだろうか。
序盤の煙突の煙が消えないというくだりや、
殺す為に女性の部屋に入り、それを部屋の外のカットだけで見せるショットなど、
ヒッチコックか?!と思わせるような恐ろしさもあり、
また、直接的な殺害場面を見せなかったり、逆にギャグに転化させるなど、天才の技は随所に光る。
ボートの場面など、あのチャーリの作り笑いを見ると、ホッとしたり、、、
他作品に比べて、あまりに異色過ぎる本作。
ある程度チャーリの作品を観て、知ってから観ることをお勧めします。