『男はつらいよ 寅次郎の青春』のモチーフになった作品だが、内容はまったくの別物。
官能的というより、かなり変態チックな作品だ。
12歳のアントワーヌ少年はシェーファー夫人の理容室に通い詰める。
彼女の体臭を嗅ぎ、押し当てられる胸の感触を確かめながら、恍惚とした表情を浮かべる。
彼はシェーファー夫人を妻とすることを決める。
が、彼女はある日、唐突に帰らぬ人となる。
この時点で彼は、性癖と共にある思いに取り憑かれてしまったのだろう。
中年になったアントワーヌは、理容室で働くマチルドに恋をする。
そして出会ったその日に彼は求婚してしまう。
初めは名前すら教えてもらえなかったアントワーヌだが、二度目に理容室を訪れた時に、マチルドは彼の求婚を受け入れる。
こうして二人のささやかな結婚生活が始まる。
とにかく二人の関係は奇妙だ。
アントワーヌは理容室で働く彼女の姿を眺めながら一日を過ごす。
そして時折、客を洗髪するマチルドを優しく愛撫する。
彼が働いている様子はない。
あまりにも奇妙な光景に、本当はアントワーヌなどこの世に存在しないのではないかと思ってしまった。
彼は何やらアジアンチックな音楽に合わせて奇妙な踊りを踊る。
その踊りは妙に人を惹きつける。
パトリス・ルコント監督の前作『仕立て屋の恋』もかなり異常な愛を描いた物語だったが、この作品の愛もとても歪んでいる。
が、これは人間の哀しみや苦しみよりも、人生のおかしさにフォーカスを当てた作品だと感じた。
とにかく理容室を訪れる客も変わり者ばかりだ。
アントワーヌ少年が母親から手編みの水着をもらうエピソードもおかしい。
アントワーヌはおそらくシェーファー夫人の面影を追い続けて生きているのだろう。
だから同じく理容室で働くマチルドに恋をした。
そして彼女を眺め、愛撫することだけを糧に毎日を生きている。
それが本当の愛なのかどうかは分からない。
少なくともマチルドはアントワーヌを愛していた。
愛していたからこそ、彼女は大きな決断を下す。
この作品の結末は悲劇なのか、それとも喜劇なのか。
個人的にはまるで現実逃避するかのようなアントワーヌの姿に、少しホラーチックなものを感じてしまった。