櫻イミト

限りなき旅の櫻イミトのレビュー・感想・評価

限りなき旅(1932年製作の映画)
4.0
プレコード期ロマンス・ストーリーの最高傑作と称される一本。長距離旅客船に乗り合わせた死刑囚と不治の病を抱えた女性の1か月間の恋を描く。アカデミー脚本賞受賞。原題「One Way Passage(一方通行)」。

抜群に面白かった。主役二人(ウィリアム・パウエル&ケイ・フランシス)の死へのタイムリミットは深刻な設定で、ストレートに描けば悲劇一辺倒になるところを、本作では脇役たちが絶妙なコメディリリーフを果たして映画に温かさを与えている。

男を何とか助けようとする女詐欺師(アリーン・マクマホン)とスリ名人(フランク・マクヒュー)の凸凹コンビは微笑ましく、男を連行する堅物警察官(ウォーレン・ハイマー)は最後に人の良さを見せて意外なドラマを生むことになる。

全編の大半が旅客船の中での進行とはいえ、船から海への落下、船内バーでの恋の駆け引き、船底にある収監所や階段など、ロケーションに工夫がなされ映像的にも全く飽きることはなかった。ラスト前にフランシスが船上の人混みをかき分けながらパウエルを追う長いドリーには、「陸軍」(1944)の田中絹代が重なった。木下恵介監督は本作を観ていただろうか。

二人が最初に出会った夜、別れ際にワイングラスの脚を交差させてカウンターに残す。それは二人の印として映画の最後まで繰り返される。現代の映画では成り立たないであろうセンチメンタルな演出だが、古き良き映画の魔法は違和感なく感動を呼び覚ましてくれる。ありそうで他にはない秀逸なバランスで完走する、類まれな佳作だった。

本作をはじめプレコード期の多くの名作が日本語ソフト化されていない。出来ない事情があるのかもしれないが、もし可能ならばコスミック出版さんからの10枚組ボックス発売を切望する。
櫻イミト

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