櫻イミト

飢ゆるアメリカの櫻イミトのレビュー・感想・評価

飢ゆるアメリカ(1933年製作の映画)
3.8
前年の「仮面の米国」(1932)と並び称されるプレコード期の社会派ドラマ。監督は
「民衆の敵」(1931)の巨匠ウィリアム・A・ウェルマン。原題 「Heroes for Sale(安っぽい英雄)」。

第一次大戦で活躍しながらも重傷を負って捕虜となりモルヒネ中毒になってしまったトム(リチャード・バーセルメス)。同じ村出身のロジャーは手柄を自分のものとして報告し勲章を受ける。終戦後、トムはロジャーの計らいで彼の銀行に就職するがモルヒネ欲しさに押領してしまい収監。四年後、出所してシカゴで下宿先を探す中、親切な食堂の主人と娘メアリー(アリーン・マクマホン)が営む安アパートで、住人のルース(ロレッタ・ヤング)に一目惚れし彼女の勤務する洗濯工場に就職する。希望に満ちた新生活が始まるかと思いきや、アメリカを覆う大不況は彼の人生を徹底的に翻弄する。。。

この上なく濃密な71分だった。第一次大戦後のアメリカの負の側面―麻薬中毒、機械化と失業者、大恐慌、労働者暴動、赤狩りーが次々と正直な主人公に降りかかる。暗黒時代にあって、ヒューマニズムを貫こうとする信念は逆境を呼び込んでしまう。

原題の“安っぽい英雄”とは、噓をついて勲章を得たロジャーや、共産主義者から自動洗濯機の発明で金持ちとなる隣人マックス、即ち資本主義の一時的な勝者を指している。本作は資本主義者と共産主義者の両方に批判の目を向け、報われにくい人道主義の尊さを描いていく。

アンチ・アメリカンドリームな物語であり主人公は最後まで安住の地を得ない。しかし度重なる試練は彼のヒューマニズムを逞しく育てあげ、その目に絶望の影は無い。そして彼の生き様が未来に繋がることを示唆したラストは感動的だった。その立役者は、彼に静かな片思いと協力を続ける善意の娘メアリー。彼女こそ本作の裏の主役と言える。トムとのお出かけに精一杯のお洒落をするも、彼とルースとの恋仲を知りそっと身を引くシーンが本作一番の名場面と感じた。社会派一辺倒に終わらず庶民の感情の機微を添えて71分に仕上げるウェルマン監督の手腕には感嘆するばかり。
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