ルサチマ

オロのルサチマのレビュー・感想・評価

オロ(2012年製作の映画)
5.0
冒頭、岩佐寿弥の「よーいスタート」という声と共にチベット難民の少年が路地を歩きフェードアウトする。再び岩佐寿弥の「よーいスタート」の呼びかけとともに少年が画面奥から手前へと歩く行為が反復され、確信犯的にこの作品が単なる記録映画ではないことを覚悟する。

シーンとシーンの間の暗転は映画がスタートと終わりの連なりによって構成されるという当たり前のことを意識づけ、画面に堂々と映り込むマイクに向かって思い出をしたためた文章を読む少年の姿や、少年が戯れで演じる武道者の姿は強烈なチベットの現実に対抗をするための希望であるかのようにその虚構性を堂々と引き受ける。

その試みは映画の表現の拡がりを味方にし、見事な雄大さで設計された画面の連鎖を可能とする。だからこそ語られる残酷なチベット難民の現実と同等の価値として希望的虚構が画面を活気づける。

映画中盤に自らもその肉体をカメラの前に曝け出す異化を取り入れながらも決して押し付けがましくなく、ごく自然に少年オロとの交流とそこに介在する言語の断絶と接続を描いてみせる覚悟を担う透明な眼差しを心から尊敬する。

チベットの人々がまず手を取り合い、そこから互いが引き寄せ合いおでこをつき合わせて挨拶をする。その距離感覚を日本人である岩佐寿弥が外部の立ち場としてカメラの距離を慎重に探りながら撮ったこと。それだけでこの映画は堀禎一や鈴木仁篤の記録映画と並立する2010年代の偉大な傑作であると言い切りたい。
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