Omizu

あるスキャンダルの覚え書きのOmizuのレビュー・感想・評価

4.1
【第79回アカデミー賞 主演女優賞他全4部門ノミネート】
ゾーイ・ヘラーによる同名小説の映画化。実在のメアリー・ケイ・ルトーノー事件をベースにしている。
監督リチャード・エアーはロンドン・ナショナル・シアターの舞台演出家として有名。高い評価を得た監督デビュー作『アイリス』に続きジュディ・デンチが主演した。
アカデミー賞では主演女優賞(ジュディ・デンチ)、助演女優賞(ケイト・ブランシェット)、脚色賞、作曲賞にノミネートされた。

イヤな描写がポンポンとテンポ良く繰り出される。もちろんバーバラのやったことは異常だし、気持ち悪いという感想が出るのも分かる。しかしそこに同性愛者としての僕としてはその裏にある「孤独になりたくない」とシーバへの執着にすがるバーバラに共感する部分があった。

まず個人的にこれを観て実感したことは、異性愛者と同性愛者との「孤独に死にたくない」には似て非なる感情があること。異性愛者には一端家庭を築けば夫も子供も、さらには孫に囲まれて死ぬことができる。でも同性愛者はパートナーがいればいい方。それ以上は現実的に無理だろう。

だからこそ老人たるバーバラには生涯の相手がほしかった。その気持ちは痛いほど分かる。僕もそのことで常に悩んでいる。結婚という制度がない、ということはつまり選択肢として考えていない人が多いんだ。今楽しければいい、でもそれは自分が年をとっても同じ気持ちでいられるか?それは厳しいだろう。

バーバラは正しいとは思わない。自分のものにするために脅したり、いつでも自分と寄り添ってほしいという行為は行きすぎていた。彼女はシーバ、そしてジェニファー、そしてもっと前に手ひどい裏切りにあったのだろう。そこで彼女はおかしくなってしまった。

バーバラはシーバのことを本当に分かっているわけではなかった。全て知っている自分という悦に浸りたかっただけなのだ。バーバラの誤算はシーバが思っている以上に夫や子どもたちを愛していたこと。少し冷静になれば分かるのにバーバラは自分の視点でしか物事を捉えられなくなっていた。

確かに気持ち悪い。それは認めるが、「変態ババア」としてしまうのは間違っている。それは家の前にいたマスコミと同じことではないか。

嫉妬の余り秘密をばらし家庭を壊す、こんなのはよくあることではないか。数々の映画で描かれてきたことだ。しかしなぜ同性愛者になると「変態」「気持ち悪い」という感想が目立つのだろう。

この映画での気持ち悪いという印象は間違っていないが、それは性的指向への偏見ではなく、この監督の描き方にある。バーバラがシーバにじりじりと距離を詰めようとする描写が非常にいやらしい。そのいやらしい演出によって気持ち悪い描写になっているのだ。

自分が気持ち悪いと思ったのは性的指向への偏見によるのか、監督の描写の上手さなのか、それを今一度考えてほしい。

さて、一旦冷静になろう。ジュディ・デンチ、ケイト・ブランシェット、ビル・ナイなどベテラン俳優たちのアンサンブルが素晴らしい。バーバラがつけている日記のワードセンスはさすがイギリス映画。エスプリの効いた洒落た言い回しが面白い。

テンポが早く、サスペンスとしても心理ドラマとして十分整理された脚本が素晴らしく、わざとらしくなく濃厚な性に関する描写もいい。『アイリス』も楽しみに観るとしよう。とてもよかった。
Omizu

Omizu