春とヒコーキ土岡哲朗

ヒミズの春とヒコーキ土岡哲朗のレビュー・感想・評価

ヒミズ(2011年製作の映画)
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死んでいる場合じゃない。

結局、先生が言っていた言葉に着地する妙。「普通の人間なんて一人もいない。夢を持て!」。無責任な能天気バカの先生が言うと、いかにも薄っぺらな台詞だった。しかし、紆余曲折があったあと、ヒロインが主人公に言うと、聞こえ方が違った。言葉の価値は、表面で決まるもんじゃない。それを言っている人間が、その言葉にどれだけの意味を込めているか。
「夢を持て」に対し、「普通最高!」と返していた主人公だが、彼は普通の生活など送れていない。だから、普通の生活を手に入れるために、ただならぬ夢を追わなければいけない。頑張らないと、いつまでも埋もれてしまう。だから、夢は口実、頑張らないといけない。

演技の厚みがすごすぎる。序盤から渡辺哲が象徴的にぶっ飛んでいる。手塚とおる演じる、後に通り魔になる男が、一番強烈。綺麗なものしか見てこなかった人にはできない演技。でんでんの、ヤクザなのに多面的に見れば悪い人ではない感じが、簡単に処理できなくて、記号化できない現実っぽさがある。染谷くんの、かっこつけた中二病ではなく、「鬱憤」としての本物さ。二階堂ふみの、思春期の舞い上がった恥ずかしい部分を表に出した、現実にはいないかも知れないけど、皆の心の中にはいるやつ。
ひとりひとりがモーレツに生きている社会。すべての人間が、そのスカしてはいられない世界で生き、自分の人生に身を投じ無ければいけない宿命を持っている。

ヤクザが渡した銃で、死なない主人公。ヤクザは、自分が銃を主人公のもとに置いていった理由が主人公にもいずれ分かる、と言った。その理由とは、死を捨てるため。誰かを殺したり、自殺したりという、この世界からの追い出す・抜け出すで解決しようとするのは、逃げ。
現実に目を向け、苦しくても生きたいと気づくこと。それを「与えられた銃を使わない」という選択で気づかせるため、ヤクザは銃を置いていったのだろう。