・ジャンル
サイコスリラー/ホラー/サスペンス/ミステリー/スラッシャー
・あらすじ
アリゾナ州フェニックスに暮らす女性マリオン
彼女は恋人サムが出張でやってくる度、昼休みに逢瀬を重ねるだけの煮え切らない関係に飽き飽きしていた
結婚を望むマリオンに対し彼は父の遺した借金や元妻への扶養料が残っている事もあり踏み切れない
それは彼女に貧乏暮らしをさせたくないが故の事でもあった
そんな中、マリオンは勤め先の不動産会社で銀行に預けるはずだった大口顧客の支払った大金を持ち逃げしてしまう
理由は当然サムとの結婚の為である
そして逃亡の道中、彼女はモーテルに立ち寄るのだがそこで殺害されてしまう
1週間の時が経っても戻らないマリオン
に不審感を抱いた彼女の妹ライラは何も知らずサムを訪ね、持ち逃げされた金を追う私立探偵アーボガストも加わり3人は行方を追うのだが…
・感想
ロバート・ブロックの同名小説を原作に鬼才アルフレッド・ヒッチコックが手掛けた名作スリラー「サイコ」
今作は22年の時を経て製作が開始されたオリジナル続編シリーズの後にガス・ヴァン・サント監督の下で作られた1作目のリメイク作品
脚本や演出、カメラワーク等に至るまでほぼ原作をなぞった内容となっていてU-NEXTでは“再現”と称されている
基本的に原作と内容がほぼ同じでカラーである事や年代の変化、僅かに加えられた原作にない演出があるくらい
なのでストーリーは当然面白いはずなんだけど妙に安っぽさを感じる出来だった
原因は分かりやすくキャスティングや演技、演出が微妙だった事が大きいと思う
まずはモーテルの主人ノーマン
原作でアンソニー・パーキンスが見せた怪演は見事なハマりぶりで皆まで言わずとも彼の心の脆さや母への依存などが常に滲み出ていて加害者であると同時に被害者でもあるという事が極めて秀逸に表現されていた
頬がこけた容姿や自身なさげな振る舞い、情緒不安定さを見せる表情や語り口調…
そのどれを取っても見事と言う他のない物
対して今作でヴィンス・ヴォーンが演じたノーマンはかなり毛色が違って見える
容姿はがっしりとしていて髪型もスポーツマンや軍人を思わせる物
加えておどおどしている場面もありはするものの堂々としている事も少なくなく頻繁に入る人見知りらしい笑い等も闇を抱える弱者というよりチンケな変質者に見えてしまっていた
悲哀を常に抱え同情の余地がある存在だからこそノーマンが持つ重苦しいオーラが感じ取れないというのは大きな痛手だった様に感じる
また演技以外でもラストの精神分析が少し内容が変わっていたのも心理の捻れ具合が弱く感じられてがっかりした
そして次にマリオン
原作では焦りや不安、両親の呵責を強く感じさせる表情や振る舞いが印象的だった
しかし今作ではそれを踏襲してはいるもののなぞるばかりで凡庸
はっきり言って強烈さに欠けていた
基本的に殺人を描く作品において犠牲者をどう描くかというのは極めて重要なポイント
早々に殺されてしまうのだからそれは尚の事でインパクトが薄くなると感じている恐怖への感情移入もそれだけ出来なくなってしまう
そしてマリオンの妹ライラ
原作でも彼女は強い怒り、不信感、不安を見せていたものの基本的には無力な存在と言って良い
姉の死の後を描いた続編では復讐の念に駆られた強い女性になっていたとはいえそれはあくまで事件の後の事
にも関わらず今作では終始勝ち気で強さを感じさせる人物像になっている
ダメ押しになっていたのが自身が殺されかけた場面での反撃
こうした攻撃性は蛇足に思えてならなかった
ジュリアン・ムーアの存在感が強過ぎたのも役柄に合っていなかった感じがする
正直言ってここまで原作をなぞっただけの作品でキャスティングも合っておらずリメイク版ならではの特色にも欠けているとなると何故撮ろうと思ったのか理解に苦しむ
ヒッチコックの没後数年の間なら追悼として受け止められるけどそういう訳でもないし…
ガス・ヴァン・サント監督の作品を鑑賞するのは本作で2作目
以前鑑賞した「Elephant」は銃乱射事件を独特な構成と生々しい演出で巧みに描いた傑作だった
しかし今作にはそういった物もなく誰が撮っても同じ様な結果になっていただろう
どうせリメイクを作るのならただなぞるばかりでなく新たな解釈を加えるなり、オリジナルシリーズ全作を踏まえての要素を随所に散りばめるなり出来る事は色々あったはず
逆にそういった物が無ければ敢えて原作でなくリメイク版を観る意義がそこには生まれない
せめて時代の変化と共に価値観や常識の変化を反映させたりしていればまだ違ったろうに…
褒められる点は本当に僅かでオリジナルシリーズ完結編で母ノーマの来ていたキモノがドレッサーにあったり、マリオンの髪型がベリーショートで生前のノーマが髪を結っていた姿を思い出させたりといったオマージュ
マリオンの死亡時に映し出される瞳孔の開きや刺し傷
アーボガスト殺害時に挟まれるヌードの女性と車に轢かれる寸前の牛というノーマンの心理を比喩した映像
強いて挙げてもこれくらい
原作が公開されたのが1960年
それから38年もの時が経っているのに進化している部分が無いというのが逆に驚き
敬意を持つ事とただなぞる事は違うはずで敬意があればこそ再解釈や時が経ったからこそ描ける部分などがあるべきじゃないか?
そんなモヤモヤを終始抱えさせられるお世辞にも良い出来とは言えない作品だった
ラジー賞取ってるのも納得
こちらを先に観てしまったという人には是非とも原作を観て欲しい