YasujiOshiba

オール・ザット・ジャズのYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

オール・ザット・ジャズ(1979年製作の映画)
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U次。23-38。なぎちゃんリクエスト。

ボブ・フォッシーは、1966年にフェリーニの『カビリアの夜』の舞台化である『スイート・チャリティ』を振り付けし、68年にはその映画化で監督デビューしている。速い話がフェリーニと縁がある。

だからジェシカ・ラングの天使(あるいは死神)は、どこまでも『甘い生活』のクラウディア・カルディナーレに似ているし、ベタベタに戯画化された顔と顔が連なってゆく演出にも納得できる。顔を重視したのはフェリーニなのだから。

色使いもそうだ。なにしろ撮影監督はジュゼッペ・ロトゥンノ。フェリーニとは、『サテリコン』(1969)、『ローマ』(1972)、『アマルコルド』(1973)、『カサノヴァ』(1976)、『オーケストラ・リハーサル』(1978)の撮影を手掛けてきたイタリア映画界のマエストロ。大部分が屋内セットでの撮影だから、ますますフェリーニ風になってくるのは、意図しているのか、ぼくがそう思ってしまうだけなのか。

フェリーニの影響を考えてしまうとはいえ、なんといってもこの映画のキモはダンス。そして振り付けはボブ・フォッシー。とうぜん踊り子を撮るときのカットわり、ショットの構成と展開、編集のリズムと音楽のタイミングなどには、圧倒される。踊りを知り尽くした者でなければこうはゆかない。

加えて、フォッシーがここに語るのは自分自身の心臓発作と手術のときの経験。それは『レニー・ブルース』(1974) を編集しながら、舞台『シカゴ』を演出していたときに起こる。それこそ死を間近にして生き返るという、強烈な経験。それを映画と踊り、踊りと映画にしてしおうというのだから、これをフェリーニの『8 1/2』と比べるなと言うほうが無理がある。

あらゆる巨匠の作品はどこか自伝のようになる。そう言っていたのは、フェリーニを師と仰ぐプーピ・アヴァーティだけれど、ここにもそれを確かめることができる。

そういう意味でここにあるのは、人生と舞台、その喜びと苦悩、誠実と裏切り、そして生と死のはざまのコエログラフィア(coerografia)。それは「踊り(khoréa)」を「書く(gráphō)」という営みにほかならない。
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