半兵衛

月は上りぬの半兵衛のレビュー・感想・評価

月は上りぬ(1955年製作の映画)
4.2
田中絹代×小津安二郎=ラブコメだったとは予想外だった。

台詞や風景の描写はいかにも小津スタイルなのだが、小津映画みたいなローアングルなどを使わず独特の画作りが施されいる。でも違和感がないし、むしろ小津の世界を別アングルでとらえた妙味がある。あと家庭ドラマの合間に散歩など人間が日常で見せるアクション動作を入れて最小限の躍動感を入れているの単調にならず飽きない。特に美術の木村威夫ならではのいびつなねじれの階段プラス階段回りの障子を背景に、上に住む次女・杉葉子の様子をひそかに見に来た三女・北原三枝と家政婦・小田切みきが階段で伏せたり障子を開けて覗いたりする様子は完全にアクション映画の動作のそれ。こういう演出をする監督はほかに鈴木清順ぐらいしか思い付かない(もしかしたら二人とも木村威夫の美術に触発されてそういう演出をしているのかも)。でも小津の作風が壊れているかというとそういうわけではなく、また違った面白さが感じられる。

物語の本筋である次女と三女の恋愛事情も舞台である奈良の雰囲気を生かしつつも、若者らしい溌剌とした明るさがあって見ていて楽しい。次女の杉葉子が三女と同居人・安井昌二が結ばせようとする知人のドラマは、肝心の次女がどう思っているのを描かずドラマの着地点が予想できずちょっとしたサスペンスの雰囲気に。そして二人が交わす「666」「3755」という暗号の素晴らしさ、この意味がわかることによって二人の感情が登場人物同様ようやく掴める流れが巧すぎて憎たらしい。

でもそこから北原三枝と安井昌二の恋愛パートになるのは良いとして、次女と同じ流れになるのはちょっと飽きてしまった。確かにこの映画のテーマの一つである「人のことと自分のことは違う」には沿っているけれど、展開といい結末といい流れが似すぎていてね。そこがちょっと惜しかったかも。ただ小津作品では珍しいプロポーズ場面が出て来たのにはびっくり、そして少し感動。

杉葉子と北原三枝が現代的な溌剌さと礼儀をわきまえたヒロインを見事に好演、しかも二人ともプロポーションが良いし顔も似ているから姉妹という設定も自然と納得してしまう。そして主人公たち一家が住む家の同居人・安井昌二は一見ぼんやりとしてたよりなさそうだけど、段々とその奥に隠された芯の強さや性格の良さが出て来て最終的には好漢に見えてくる。それと家政婦役の田中絹代が三女と安井の策略に参加させられる際に電話の練習をさせられるのだが、そのやりとりのユーモアさに笑わせられる。しかもそのあと何故か電話をかけた相手に謝るはめになり、走って相手のところに行くのがあまりにも理不尽で爆笑。

でも木下恵介や小津安二郎といった個性的な作家の作風をこなしなおかつ面白くする田中絹代の演出ぶりを見ていると、この人の作家としての本質はなんなのだろうとわからなくなってしまった。強いてあげればショットと女性の生きざまにこだわる監督なのだろうけど。
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