自分史上、こんなにも残酷で物悲しくなる映画って観たことない。
美しい少年をただひたすら見つめてるだけですよ。
それなのになんでこう、どんどんどんどん罪の意識に苛まれていっちゃうんですかね。
老いることは決して醜いことじゃない。そこは曲げたくない。ただし、他人と比べることなく、自分らしさを失わず、律することが出来ているならば、という条件がつく。
人間恋すればとち狂う。相手の視線、周りの視線を意識する。自分を見失い、自分自身さえ律することが出来なくなる。そうなることには年齢は関係なさそうだけど、グスタフの場合は既に老境に差し掛かっているだけに悲哀が伴う。笑えない。
時おり振り向いては意味深な視線を送ってよこすタージオはグスタフが思い描く想像なんじゃないかと思ってしまうほどだ。
決して音質の良くないマーラーの交響曲第五番が切なすぎる。この曲なくしてこの映画は成り立たない。
それにしてもタージオの美しいこと。
ときに砂にまみれようが、美しいものは美しい。
10代の頃に観ていたら、グスタフを身の程を知れ、といって攻めたかもしれないが、今となっては彼に共感し、その醜悪さにむしろ涙する。
何が残酷かって、スクリーンの中では永遠に美しいままの少年も、ちゃんと歳を重ねていくということ。
それすら理解した上で監督はこの映画を遺したのだろうか。
未来永劫リメイクする、させることを許さない映画でしょうね、この作品。