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ジャズ・シンガーのくりふのレビュー・感想・評価

ジャズ・シンガー(1927年製作の映画)
3.5
【お楽しみは声からだ!】

Blu-rayレンタルでみました。元のフィルムが古いDVDでは見逃した、細部の演出に気づいたりして、鮮明、の恩恵に浴しました。Blu-ray化は『アーティスト』がヒットした恩恵でしょうかね。

白く飛んだ粘着顔が、伊藤潤二のホラーキャラみたいで不気味だった、アル・ジョルソンも、かなり普通の顔に戻っていて安心しました(笑)。でも母ちゃんの、サイレント特有目剥き演技は無駄にパワーアップ!

「断っておきますが、これはおそろしくセンチメンタルな話ですよ。ヒットさせたのは音楽―それに歌だ。これがなきゃ陳腐そのものです。でも歌を聞かせることさえできれば、客はおいおい泣くはずです。」

ダリル・ザナックの伝記にある、ジャック・ワーナーに対する発言。新開発のトーキー技術を使う企画を探していた時、自称「泣き女」の、奥さんのアイデアで、先日見た舞台の映画化を思いついたそうです。

製作者の自覚通り、物語はべったべたのお涙頂戴ものですねえ(笑)。主人公が仕事か家族か、という究極の選択を迫られる演出なんて、いちいち首ふってギャグかよ、と今の視点からだと感じてしまいます。

しかし、史料的価値の点からは興味深いところが多々、あります。例えば、これも伝記からですが、「お楽しみはこれからだ!」の名台詞、あれが生まれたのはアル・ジョルソンのアドリブだったという話とか。

トーキーでの収録は歌のみだった筈が、アドリブが芸風だったアルが、一曲歌った後、調子に乗り続けちゃったのが、あの映画史に残る場面。脚本にないその部分で皆が頭を抱える中、ザナック独りが使うと決め、さらにもう一か所、台詞のやり取りを増やしたそうです。

アルが実家で歌い始めるが…という、強烈な台詞で終わるあのシーン。ここは緩急あって好きです。恋人みたいな母、息子を一喝で断つ父。

で、今では何てことないですが、これらトーキー部分は公開するまで、ワーナー社内でも、どうなるか喧々諤々だったそうですね。ザナックの奥さんは、試写ではずっと泣いていたそうですが(笑)。…結果は観客総立ち、劇場の空気が爆発寸前となる大ヒット。

原作がきちんとあるせいもあってか、狙いはハッキリした映画ですね。

私はアル・ジョルソンの歌の黒人ぽさ、というのがピンと来ないので、何故ミンストレル・ショー(黒塗り)で歌うかもわかり辛いのですが、ジャズは黒人から生まれたもので、本作は、異文化に引き裂かれる自己喪失のお話だから、この黒塗りは自分が隠れてしまう覆面であり、しかしジャズの覆面を脱げば、ユダヤの魂を忘れていなかった…、という仕掛けとしては、きちんと機能していると思います。

しかしまー、ユダヤの風習って究極のKYだなって思いました(笑)。事情はわかりますが、そんなに大切ならもっと早く手を打っとけって。何だか、息子を潰しかねない家族の身勝手さを先に思ってしまった。まあ、観客の涙を搾り取る最大効果を狙ったのがこれなのでしょうね。

あ、あとヒロインのメイ・マカヴォイさん、端正美が素敵です。いかにもサイレント時代の美人、という額に入れたい美しさ。アクロバットに近いダンスも、本人が踊っているようですね。ちょっと可愛らしきフェロモンを振り撒いていて、見惚れました。

<2013.4.16記>
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