Jeffrey

幽霊屋敷の蛇淫のJeffreyのレビュー・感想・評価

幽霊屋敷の蛇淫(1964年製作の映画)
3.0
「幽霊屋敷の蛇淫」

冒頭、真夜中の街。馬車を降りた紳士。古城、卿との賭け事、黒猫、10年前に死んだ女エリザベス、怪奇現象、レースの衣服の切れ端、死骸、ハープシコードの演奏、肖像画。今、亡霊達による運命が決まる…本作は黒沢清が絶賛する映画史上最後のゴシック・ホラーかもしれないとされている1本で、この度DVDで初鑑賞したが美しいモノクロームの世界と愛と死をテーマにした秀作である。ホラー映画だからといって見ないまま過ごすと損をしてしまう。監督はアントニオ・マルゲリーティで、音楽はリズ・オルトラーニが担当してキャストにはバーバラ・スティール(マリオ・バーヴァの作品でお馴染みの)が主演である。相変わらず彼女は美しい美貌の持ち主だ。

本作は1964年イタリアとフランス合作映画で、89分の物語である。正直マルゲリーティ監督の作品を見たことが今までなかったのだが、他の作品も見てみたいと思わされた。黒沢清が高々に最高傑作の1本に数えられると格調高く描ききった作品を私は他に知らないと言うまで高評価をしている意味がなんとなくわかる。やはりワンカット・ワンカットから写し出される不吉な雰囲気や死にまとまり憑かれるような不気味さが漂う空気感がたまらなく、濃密に、更にエロスを味わえる圧倒的な演出が見るものを襲う。やはり荒廃の城館は魅力的なものがいっぱいある。



さて、物語は19世紀初頭頃の英国で作家エドガー・アラン・ポーに取材を申し込みに来た若き新聞記者フォスターは、アランポーの友人ブラックウッド卿に賭けを挑まれる。ブラックウッド卿の所有する朽ち果てた城の中で、今夜1人で過ごす勇気があったら賭け金を払おうとの主旨だ。賭けに応じ古城に乗り込んだフォスターは誰もいないはずの城の中で若い女性と出会う。だが、彼女は自分は10年前に死んだのだと告白してしまう。やがて愛と死のテーマがゴシックホラーとして写し出される…。

本作は冒頭に真夜中の街で、馬車から降りてきたハットに黒いマントを羽織る紳士がとある扉を開け室内に入るファースト・ショットで始まる。こここでは数人の客らしき男がいて、1人の男がある物語を語り始めている。その紳士は新聞記者のフォスターと言う男である。席に座りその物語を語る男と会話をし始める。そしてその男アランポーの友人であるブラックウッド卿と賭け事をする羽目になる。

カットは変わり、馬車からその城に降り立つフォスターは城の中へ松明を持って入る。カメラは黒猫を捉え、男が城の中を物色する様子を映し出す。置物として置いてあったキャンドル立てを手に持ち、そちらで部屋を照らして手に持っている杖でものを叩いて何かを確認する。やがて羽織っていたコートとハットを取り、部屋を見渡すが突如時計の鐘の音が鳴り響くのに反応する。自分の持っていた懐中時計とその時計の時間が合っているか確認する。

続いて、1人の美しい女性が歪みながら映る絵画のようなものに目を奪われるフォスター。光線の効果のいたずらだと思い、メモをする。そうすると奥の扉から踊っている男女が一瞬捉えられ、フォスターは急いでその扉を開けて確認するが2人はいなくなっている。そこに置いてあったピアノの椅子に座り引こうとした瞬間に、後ろから黒髪の女性が現れる。彼は自己紹介する。彼女の名前はエリザベスと言う。

どうやらブラックウッド卿の妹らしく、彼のことを兄と呼んでいる。そしてエリザベスは10年前に死んでいることになっている。彼は10ポンドの賭けをしたと彼女に伝える。 彼女はフォスターに部屋を案内する。そこへもう1人の女性が現れる(口論が始まる)…と簡単に説明するとこんな感じで、やはりゴシックホラーはモノクロームが圧倒的に美しいと確信できる1本である。

この作品はどうやらもともと違う監督が行うはずだったらしいが、他の監督作品で契約があるためその夢が叶わなくて監督がコルブッチからマルゲリーティになったらしい。本作の見所の1つはエロスを感じさせるレズビアンチックな演出だろう。ノルウェー出身の女優のローブサームとスティールがキスをする場面等はなかなかのものだが、色々と不幸な事情があったらしい。

冒頭からと言うのも屋敷の中に入ってからなんだけど、主人公が殆どセリフを話さないで物色するのが何分か続く。もはやサイレント映画さながらの演出で古時計など様々なアイテムがより画面の雰囲気を向上させる。それとラストで主人公が〇〇するのもなんだかホラー映画なのに感動してしまうし、あの首吊りのオンパレード描写は迫力がある。

とりわけ溝口健二の「雨月物語」をまた見たくなってしまった。
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