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SR サイタマノラッパーのKKMXのレビュー・感想・評価

SR サイタマノラッパー(2008年製作の映画)
4.6
 何度も鑑賞している作品。改めて観ましたが、やはり素晴らしい一本でした。

 埼玉県北部にある閉塞した街にする自称ラッパーのイック、トム、マイティ。イックはデブのガチニート、トムはおっぱいパブ勤務(下働き)、マイティは母のブロッコリー農場を手伝っています。彼らは金も希望も無く、揃いも揃って下流の人生を生きています。ヒップホップクルー『ショーグン』を結成して先輩にトラックを作ってもらってもリリックが書けません。社会的に壮大なリリックを書きたいのですが、何者でもなさすぎるため、何も書けないのです。
 そんな折、イックの同級生で元AV女優のチナツが地元に戻ってきました。イックとチナツはお互い毒づき合ってますが、互いに行き場所のない2人はなんとなくつるまないわけでもないくらいの微妙な距離を保っています。
 そんな中、イックたちに市役所でのライブの話が来ます。そして…というストーリー。


 ライムスター宇多丸が本作を『自分の言葉を持たない者が自らの力で言葉を獲得していく瞬間を見事に描いた物語』と評しておりまして、ホントその通りで、その尊い瞬間がとにかく最高です。本作のラストでカマされる長回しのフリースタイルラップは、底辺のクズニートで何者でもなかったイックが自らの力で何かを掴み、それをラップという形でこの世に宣言したもので、このシーンを観るたびに震えますね。すごい。
 この時のイックのラップのあり方は、少しブルース・スプリングスティーンの『涙のサンダーロード』を連想しました。アイデンティティが生まれる瞬間、その人がその人になる瞬間。ラップという形で見事に描ききったこのシーンは、そのライブ感も含めて言うことないです。自分は折に触れてこのシーン観てますね。以前の話ですが、自分にとって将来を左右する資格試験を受ける前日もこれを観て、勇気をいただきました。


 地元に戻った元AV女優・チナツ役は当時人気AV女優だったみひろ。虚実皮膜な演出ですが、功を奏して素晴らしくハマってました。

 とにかくチナツは切ない!チナツの強がっているけれどもどこにも居場所がない、悲しく遣る瀬無い雰囲気を見事に演じており、妙に胸に迫ります。イック以外は全員チナツを性の対象としか見ていない感じも切ないです。そう考えるとイックとチナツの関係性もちょっぴりグッと来ます。
 彼女は小暮チナツと言うのですが、イックがヤンキーにボコられた時にかかる病院が小暮医院なんですよね。彼女は医者の娘なのかも。経済的基盤がありながらも、どうしようもなく孤独であるというのも、より切なく感じます。出自が良いためによりはぐれものコミュニティに入りづらいところもあるのかもしれないです。


 イックたちショーグンの3人の描き方も最高でした。モテなくてやることもなくて、フラストレーションだけはハンパないけど何も持っていないからどうにもならない、みたいな行き詰まり感がめちゃくちゃ自分の若い頃と一緒で、シンパシー感じまくりでした。
 こういう閉塞した連中がラップをやり始める感じは大好きです。ラップの代わりにパンクだとラモーンズになりますね。こういう連中がストリート感の強い音楽にコミットしようとする姿を見ると、グッと来ざるを得ない。


 入江悠の出世作で、かなり低予算の短い作品ですが、個人的にはとても胸に刺さるガーエーでした。
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