トムヤムくん

バベルのトムヤムくんのレビュー・感想・評価

バベル(2006年製作の映画)
4.5
全ての人類は同じ言語を用いていたが、天まで近づこうとバベルの塔を建設したために、神の怒りを買い、人間は互いに意志疎通ができないように言葉を乱された。

これは旧約聖書「創世記」にて描かれた「バベルの塔」の物語で、本作はこのテーマに沿って展開される。

一発の銃弾によって交差するモロッコ、アメリカ、メキシコ、日本の4ヶ国から織り成す群像劇。人種も言語も文化も宗教も全く違う。生死に関わる問題に直面しているにも関わらず、お互いの偏見や価値観の違いによってコミュニケーションがままならない「負の連鎖」を描く。

9.11によって崩壊した世界貿易センタービルは、いわば「バベルの塔」であり、グローバルなアメリカだからこその悲劇とも言えるので、ある種の風刺作品としても捉えられる。テロが身近になったことも画面の節々から感じさせる。

個人的に聴覚障害者の女子高生を演じた菊地凛子が素晴らしく、コミュニケーションによる壁を見事に体現した本作を象徴するようなキャラクターだと思う。

母親が亡くなり、愛に飢えて、性的衝動を抑えられない少女。劇中では全裸を披露したりと、体当たり演技もすごい。きっとイニャリトゥは手話だけではなく、性もコミュニケーションのひとつとして捉えているのかもしれない。菊地凛子はこれでオスカーを受賞できなかったのがめちゃくちゃ残念。

あと同時にノミネートされたアドリアナ・バラッザも凄い。ベビーシッターとして雇われたメキシコ移民で、ひょんなことから国境検問所で事件に巻き込まれてしまう。後半はほぼ菊地凛子とアドリアナ・バラッザがかっさらって行く。

この2人の演技が素晴らしすぎるゆえに、メインストーリーとも言えるケイト・ブランシェットとブラッド・ピットのパートが全く印象に残らないのがちょっと気になる。

またひとつのひとつの物語の関連性が薄く、題材のスケール感の割にはかなりの小品で、映画としての地味さは否めない。最も感情が高まる瞬間に場面を切り替えたり、舞台によって時間軸をズラす手法は、イニャリトゥの代名詞ではあるものの、ただ物語が複雑になっただけでそこまで意味を見いだせなかった。(先に銃で撃つシーンを見せたり、アメリカ人が殺されたというセリフを聞かせることで緊張感が生まれた場面もあるけれど)、まあでもやっぱり大傑作なことには違いない。