一人旅

機械じかけのピアノのための未完成の戯曲の一人旅のレビュー・感想・評価

3.0
ニキータ・ミハルコフ監督作。

19世紀末のロシアの田園地帯を舞台に、未亡人アンナの邸宅に集まった男女の一群が送る一日を描いたドラマ。
ソ連時代に製作された作品ということで、前時代的な貴族の生き方に対する批判的精神に彩られているのかと思いきや、そうではなかった。むしろ、叙情的な風景に乗せて、人間同士の愛や人生を明るく軽いタッチで活写している。
それでも、いくつかの場面では貴族と平民の衝突を思わせる描写も存在する。平民の存在意義を過激な発言で貶める年寄り貴族や、それとは対照的に、平民から成り上がった富豪の男は傲慢な貴族に対し真っ向から反発心を露わにする。
帝国時代のロシアは一部の貴族と、その下で圧倒的多数を占める農民が極度に貧しい状態を強いられた農奴制があったことで有名だ。そうした社会構造から、やがて社会の下層で苦しむ労働者たちが一致団結して帝国政府を打倒し、ソ連が誕生した。本作の舞台は19世紀末のロシア。数十年後には本作で描かれる貴族は没落する運命にある。平民上がりの男が貴族社会の一員としてその枠組みの中に立派に入り込めていたり、貴族の地位を脅かす立場にある平民の存在について熱心に議論する場面がところどころに存在する。そうした描写が、平民によって少しずつ侵食されていた当時の貴族社会に属する人々がいかに浮足立った心理状態にあったのかを物語っている。
興味深いのが、平民に対する姿勢も貴族それぞれだということ。あからさまな態度で平民の台頭を拒絶する貴族がいる一方で、貧困に喘ぐ平民に寄り添うような発言をする貴族もいる。牧歌的に描かれる貴族の穏やかな一日の中に、迫りくる社会の変革に対する貴族それぞれの不安や恐れ、没落していく貴族とこれからのロシアを担う平民の対立を暗に交えている。
そして、第三者的な位置から悲喜こもごもの貴族の振る舞いを静かに見つめる少年の眠る姿に優しく差し込む光が、近いうちに訪れるであろう新しいロシアの目覚めを象徴するようだ。
貴族と平民の相反する関係性を描きながらも、基本的には本作は所属する社会階級に囚われない、普遍的な人生の本質を映し出している。失われた過去に対する後悔や、それでも続いていく人生に対してどのように折り合いをつけるのか。人間ならば誰もが直面するであろうそうした人生の疑問に対する答えを、優しく穏やかな風景と人間同士の嘘偽りのない愛情に包ませながら導き出している。
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