ナガエ

英国王のスピーチのナガエのレビュー・感想・評価

英国王のスピーチ(2010年製作の映画)
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ここ1年ぐらいの間に、ビートルズのドキュメンタリー的なものを3つほど観た(特にビートルズには興味はないのだが)。その中の描写で驚かされたのが、「ビートルズが、イギリスの階級社会をぶっ壊した」という描写だ。僕の中で「階級社会」というのは、どうも歴史の教科書に出てくる単語という印象があって、だからそんなものが、「ビートルズが存在する世界」にも存在した、という事実に驚かされたのだ。

さて、この映画を観るには、そういう「ビートルズ登場以前の、階級社会が厳然として存在していた時代の話である」という事実は、頭に入れておいた方がいいだろう。その方が、「国王の吃音を治すために奮闘した平民の言語聴覚士」の存在が、より際立つと思うからだ。


そんなわけで、『スラムドッグ$ミリオネア』に引き続き、ギャガ配給のアカデミー賞受賞作を劇場公開するイベントで視聴。メチャクチャ良かったかと聞かれると難しいが、良い映画だったと思う。

父王ジョージ5世の次男として生まれたヨーク公アルバート王子は、子供の頃からの吃音に悩まされていた。1925年の大英帝国博覧会の閉会式では、父が書いたスピーチ原稿を、世界人口の4分の1(オーストラリアやカナダなど、大英帝国の構成国にもラジオを通じて届けられた)に向けて代読することになったのだが、やはり吃音のため上手くいかず、聴衆をがっかりさせてしまう。
ヨーク公はもちろん吃音の克服に奮闘したが、それまで彼の吃音を治せる医者は誰もいなかった。あまりにも成果が出ないため、ヨーク公は妻エリザベスに、「吃音のことはもう諦めた。もうこのことは話題にしないように」と念を押すほどだ。
しかし、エリザベスは当然諦められない。彼女は伝手を辿って耳にした、ハーレイ街に事務所を構えるオーストラリア出身の言語聴覚士・ローグの元を一人で訪れた。ヨーク公の妻であることを隠して、「夫の吃音を治すために治療に出向いてもらえないか」と頼むが、「治療はここで行う。例外は一切ない」という。そこでエリザベスが、夫がヨーク公であることを告げるのだが、ローグはやはり例外を認めなかった。
その後、ヨーク公とエリザベスは、ローグの事務所へとやってくるのだが……。
というような話です。

実話を基にした作品だそうで、冒頭でも書いたけど、厳然な階級社会だった当時のイギリスで、一介の平民が国王と友情を育むという物語は、なかなか日本人には想像しにくいかもしれないけど、インパクトのある出来事なのだろうというイメージは持てます。

ウィキペディアによると、脚本家自身が吃音症であったこともあり、この物語の構想は30年以上温めていたそうだ。しかし、それほど長く温め続けなければならなかった理由があった。それは、ローグに関する記録がほとんど手に入らなかったからだ。実はヨーク公の妻・エリザベス(後の皇太后)から、ローグに関する記録を彼女の存命中に公表することを拒まれたからだという。まあ確かに、王室からしたら出来るだけ伏せておきたいことだっただろう。しかし、いずれにしても、「ヨーク公が、人前で喋らなければならない国王という重責を全うするために、吃音症と闘い続けた」という事実は、悪い評価を与えるようなものではないはずだ。

映画の核はやはり、ヨーク公とローグのやり取りであり、これはなかなか魅力的だ。特にローグが、相手が「国王(出会った当時はまだ王子だったが)」だと分かっていても、その事実に臆することなく対等に関わろうとする姿が印象的だ。もちろん、「対等に関わろうとする」のは、ひとえに治療のためである。ローグは、吃音は、身体的な問題でもあるが、同時に心理的な問題であることを見抜いていた。だからこそ、心理的なアプローチを上手く機能させるために「対等であること」にこだわるのである。

この、言ってしまえば「無礼」こそが、結果としてヨーク公の吃音克服に役立ったといえるだろう。2人のやり取りがどこまで史実に沿っているのか不明だが、なかなか魅力的である。

さて、メチャクチャどうでもいい話なのだが、映画を観ていて「ほぉ」と感じる場面があった。ヨーク公には兄がいて、父王ジョージ5世の死後、当然兄が王位を継承した。しかしこの兄はなかなかの問題児で色々ある。その色々には触れないが、とにかくそんな兄を見かねて、ヨーク公が兄を問いただす場面がある。

そこに、こんなやり取りがあった。「何をしてるんだ」「忙しいんだよ」「何で?」そんな風にヨーク公が問うと、兄は「王の仕事でだ」と答える。ちなみにこれは、表示される日本語の字幕である。

その時、僕に聞き取れた英語は、「Kinging」だった。つまり、「王」を意味する「King」の進行形ということだろう。ネットで調べてみると、「King」には動詞としての意味もあり、「~を王位につける」「王のように振る舞う」みたいな意味になるそうだ。「Kinging」なんて表現が存在するとは思わなかったので、ちょっとビックリした。

そんなわけで、なかなか興味深い映画だった。
ナガエ

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