垂直落下式サミング

マーティの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

マーティ(1955年製作の映画)
4.3
みずからの容姿に自信をもてないために奥手になってしまう主人公マーティの設定は、良くも悪くも現代的なものをとらえている。後年、名バイプレイヤーとして活躍したボーグナインの演技に、今日的な否モテ男子のメンタリティと親しいものを感じる。
本作が撮られたのは50年代のアメリカだ。実家に縛られた主体性のない男性像、大卒で教養のある女性像、ダンスを踊ってお茶をして翌日にはもじもじの関係、当然今ほどこうしたカップルの在り方が受け入れられていたわけではないはずであるが、なんでもないような男女のふれ合いを、これまたなんでもない平凡な市民生活の中において、ユーモアを交えながら見事に心理を描いたことが評価されたんだろう。
競争社会の象徴とも言える「恋愛」の舞台から降りてしまった男が運命を感じる女とめぐりあうことで変わっていくわけだが、ふたりの関係をめぐる周囲のお節介は切実でありながらも深刻になりすぎないようユーモアに溢れており、あくまで主人公がありふれた当たり前の幸せをつかもうとするという物語は、強い日常性をもって語ることに終始している。
ダンス中に物語のテーマそのものを丸まんま口に出して喋るのはどうかと思うし、「人の美醜」と「内面の美しさ」について描こうとする映画であるから、都合のいいお話ではあるけれど、男の純情はやはり魅力的である。
容姿に劣る男は、めちゃくちゃ喋んないと、とにかく自慢でも身の上話でもなんでも、相手の言葉を遮るくらい気を引こうとしなきゃって、かわいいとかもっと一緒にいたいとか、歯の浮くようなこと言って張り切っちゃうんだよな。
マーティが彼女を送った帰りに日付の変わった夜の町のなかでご機嫌にとび跳ねながらタクシーを拾う様子や、周囲からの言葉の群れに惑わされながらも相手に愛を伝えるラストシーンは、自分の心が望んでいるのなら世間体なんか関係ないんだよと、心象的な美しさに満ちていた。
ヘクトランカスタープロは、これを赤字を出すための映画として製作し、会社の税金対策にしようとしたそうだが、試写での予想外の好評に手のひらを返して、制作費以上の宣伝費を投じて大々的に売り込んだという。商売人はたくましい。