YasujiOshiba

トゥモロー・ワールドのYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

トゥモロー・ワールド(2006年製作の映画)
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それにしてもメキシコ映画の三羽烏はすごい。

イニャリトゥも、デル・トロも、もちろんこの作品の監督アルフォンソ・キュアロンも、ほんとうに映画を楽しませてくれるのだけど、それだけじゃない。綿密に構成されたシークエンスを追いかけているうちに、気づけば胸をわしづかみにされている。

『天国の口、終りの楽園』(2001)もそうだったけど、この人の基本はロードムービーなんだろうな。『ゼロ・グラヴィティ』(2013)〔原題は『グラヴィティ』だ〕にしても、ある意味で無重の道無き道をゆくロードムービー。どちらもその道の「終わり」まで、あれよあれよというまに、ぼくたちを連れて行ってくれるのだけど、それだけじゃない。その「終わり」が、気がつけば「入り口」になっているという構成が、キュアロン節なのだ。

この作品では、そのキュアロン節によって、ぼくらは現代の地獄巡りへと導かれることになる。それにしても、2006年の作品に描かれた地獄の様子が、2015年の今にピタリと重なっていることには驚くばかり。もちろんキュアロンのイメージは、歴史(ホロコースト)や政治(難民政策や、2005年のロンドン爆弾テロ事件)から着想を得たものなのだろう。しかし、そうやって映像化された世界が、その9年後に、さらに一層のアクチュアリティを持ってしまっているのだ。

原題の Children of men は聖書からとられたもの。それはこんな箇所だ。

"Thou turnest man to destruction; and sayest, Return, ye children of men."
(あなたは人を塵に帰す。そして言われる。人の子らよ、帰って来いと)〔詩篇90:3〕

「人を塵に帰す」とは、神が人間を滅ぼすということ。それはたとえば大洪水を考えてみればよい。人間はその罪によって神に滅ぼされてしまうわけだ。しかし、ノアの子らは地上に帰ってくる。だからこそ、「人の子らよ、帰って来い」という言葉が続く。

そういうキリスト教的な文脈から出てきたのが、この映画の(そして原作小説の)タイトル Children of men 。そしてその内容は、まさにあの「大洪水 Deluge」が訪れる直前を描くもの。

それにしても、いたるところに文化的、宗教的な引喩に満ち溢れたこの映画、けっしてペダンティックになることがないところは見事。その映像を最後まで味わったならば、はたしてノアの箱船があらわれるのかどうか(あるいは、あれはノアの箱船だったのか)と、考えずにはいられなくなる。


2023/2/14:追記

ナギちゃんのリクエストで2回目。8年前だけどこの映画のことはよく覚えていた。フィアットのムルチプラで襲われちゃうこと。それもピンポンゲームをした直後。それから農場を逃げ出してマイケル・ケインおじさんのいるセーフハウスに逃げ込むのだけど、そこでのひっかけの自殺薬とか、タバコとか、ウイスキーとか、拷問で廃人になった奥さんの中を見つめる瞳とか、その彼女の長い髪をキーを演じたクレア=ホープ・アシティが三つ編みにするシーンとか、細かい作り込みがうれしい。

それから改めて確認したのは、キーが赤子を抱えて銃撃戦を中断させ、クライブ・オーエンに抱かれてゆっくり降りてくるところ。どうしてこうも宗教的なのかと思ったら、そうだよ、動物たちが登場するからなんだよね。ニワトリやヒトジやイヌやシカなど

やっぱり名作。でも今回はキュアロン節を堪能しつつ、このひとの偏愛も感じちゃったよね。クリムゾンやピンク・フロイドなどの引用もそうだけど、足を補修されたミケランジェロのダヴィデ像や、残酷な内戦を予告するピカソのゲルニカなどなど。

でも極めつきはやっぱり最後の最後に流れるジョン・レノンの『Bring On The Lucie (Freda Peeple)』かな。きっとキュアロンのお気に入りなんだろうね。たしかに歌詞はよい。一瞬ディランの声かと思ったジョンが、こんなふうに「あなた(you)」に向かって歌いだす。

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One, two, three, four...

We don't care what flag you're waving
We don't even wanna know your name
We don't care where you're from or where you're going
All we know is that you came
You're making all our decisions
We have just one request of you
That while you're thinking things over
It's something you just better do

Free the people now
Do it, do it, do it, do it, do it, do it now

Well, we were caught with our hands in the air
Don't despair paranoia is everywhere
We can shake it with love when we're scared
So let's shout it aloud like a prayer

Do it, do it, do it, do it, do it, do it now
Do it, do it, do it, do it, do it now

どんな旗を振ろうとかまわない
どんな名前なのかしりたくもない
どこから来ようと、どこへ行こうとかまわない
わかってるのは、あなたが来てくれたってこと
ぼくらが なんでも決められるのは あなたのおかげ
でもひとつだけお願いだ
なにをすべきか思案するときにね
やってもらわなきゃならないことがあるのさ

今すぐピープルを自由にして
今すぐ、今すぐ、今すぐに

ぼくら 両手を宙に上げたままでかたまってる
あきらめないで どこもかしこもパラノイア
怖くなったら愛で揺さぶりをかけてやろう
だからみんなで、祈りみたいに叫ぶんだ

今すぐ、今すぐ、今すぐそうしてやって
今すぐ、今すぐ、今すぐに

We don't care what rules you're playing
We don't even want to play your game
You think you're cool and know what you are doing
And 666 is your name
So while you're jerking off each other
You’d better bear this thought in mind
Your time is come - you better know it
But maybe you just can't read the sign

Free the people now
Do it, do it, do it, do it, do it, do it now

Well you were caught with your hands in the kill
And you still got to swallow your pill
As you slip and you slide down the hill
On the blood of the people you killed

Stop the killing now
Stop the killing now
Do it, do it, do it, do it, do it, do it now
Do it, do it, do it, do it, now
Do it, do it, do it, do it now
Do it, do it, do it, do it, do it, do it...

Ok...

And two and three and four, hey!

Hold on, hold on!

どんなルールでプレイしてたっていいさ
そっちのゲームをプレイする気もないからね
自分はクールですべて承知してると思ってるよね
だから君の名前は666
自分らで慰めあってるあいでにさ
こんなふうに思うことになる
時はきたって思い知るべきだけど
たぶんサインを読めないのかもね

今すぐピープルを自由にして
今すぐ、今すぐ、今すぐに

あんた 両手を殺しに突っ込んだままでかたまってる
だからまだまだ薬を飲まないとだめなんだよね
やがてすべって丘を転がり落ちてゆくのさ
自分が殺した人々の血の上にね

今すぐ殺しをやめて
今すぐ殺しをやめて
今すぐ、今すぐ、今すぐに
今すぐ、今すぐ、今すぐに
今すぐ、今すぐ、今すぐに

オーケー

にー、さん、しー、ヘイ!

https://www.youtube.com/watch?v=q90TEF-Ph3g
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ここで歌われる「あなた(You)」とは「神」のことなんだね。たしかに収容所での蜂起のシーンで様々な旗がかかげられ、様々な神の名前が呼ばれ、奇跡の子がやって来たではないか。なるほど、この歌のイメージが重なってくる。

でもその「神」がやがて「666」の悪魔に変わってゆく。信じて戦う人々が倒れてゆく。本物の神がそんなことをするはずがない。そいつは悪魔に違いにない。そういう歌なんだよね。

なにしろタイトルが『Bring on the Lucie (Freda Peeple)』。このルーシー Lucie はフランス語の女性の名前で、イタリア語の Lucia なんかと同じで、語源はラテン語の Lux (光)。それが歌詞の前半だとすれば、後半のルーシー(Lucie )は明らかに、堕天使のルシファー(Lucifero)を意味しているわけだ。

だから堕天使ルーシーを信じていると血の海に沈んでゆく。そこから逃れるためには、愛しかない。愛の力でゆさぶりをかけて、本当の光に向かって祈ろうじゃないか。そんなジョンのメッセージがキュアロンのラストシーンに響きわたる。突然に響くその歌声が、ディストピアに場違いな明るさなのはそういうわけなのだろう。

なるほどね。8年後の再鑑賞で納得させてもらいましたわ。
YasujiOshiba

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