垂直落下式サミング

マイ・フェア・レディの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

マイ・フェア・レディ(1964年製作の映画)
3.7
現代の我々は、人間を作り替えることに魅力を覚えない。というよりは、他者から影響を受けた価値観ではないもの、自然由来の姿、あるがままの感性、代替不可のアイデンティティ、そういう性質を愛するのではないか、そういったものを善悪を越えた純粋なものとして無条件に崇拝してしまうのが、現代人の厄介さだ。その意味で、『マイ・フェア・レディ』は古い映画である。
故にストーリーに共感こそ得られないが、出色なのは「時間通りに教会へ」の楽曲。親父が仲間と一緒に飛んで跳ねる場面である。彼は独特の倫理観を持ち、結婚という概念に縛られていなかった。それが社会の波に乗り始め、結婚もやむなしとなる。彼は偶然出会ったイライザを突き放し、酒場で踊るのだ。最後の自由の素晴らしき時を謳歌し尽くそうと、教会の鐘が鳴るまで。
それまではセットを使った舞台劇の再現ということに心を配っていて、役者のかもしだす雰囲気を大切にしていた。ちょうど舞台の一幕。我々はお芝居をみていたのである。この上なく美しいナンバーが次々と繰り広げられる。そして、美女ヘプバーンが恋愛をソフトにそしてキュートに包み込む。音楽が弾けると映画は一変、カメラは俯瞰し、アップし、そして追いかける。さらに特徴的なのは編集で、役者が登場し演じてフレームアウトし去ってゆくような形式をとらず、大胆にカットする。ひとつの場面で躍り手の足を写し、カメラが引くと他の別な場所にジャンプカットする。
それらは、言うまでもなく使い古された映画技法なのだけど、教育的な甘いストーリーのなかでひとつの反発の様を呈する場面として、ミュージカルの直感的な心象性が引き立っていたように思う。舞台劇進行のなかに映画的処理を加えた独創的なミュージカルとすることができる。