パングロス

虹を抱く処女のパングロスのレビュー・感想・評価

虹を抱く処女(1948年製作の映画)
3.2
黒澤明の『羅生門』『生きる』『七人の侍』、溝口健二の『雨月物語』『山椒大夫』『近松物語』、成瀬巳喜男の『めし』など名だたる名監督と組んで数々の映画音楽を残した早坂文雄(1914-1955)が音楽を担当し、結核に冒された作曲家日高(上原謙)が交響曲を完成させるまでの苦悩と、看護婦のあき子(高峰秀子)との恋模様を描いた作品。

映画.comには、「ワインガルトナー賞邦人最初の獲得者早坂文雄の交響曲「虹」完成を機会に、それを主題として製作される。」と紹介されているが、Wikipedia によると早坂がワインガルトナー賞の優等賞を受賞したのは1939年、尾高尚忠ら邦人作曲家5名のうちの一人としてであった(受賞曲は1937年に作曲した「古代の舞曲」※)。早坂の作品リストでは交響曲は「未完、スケッチのみ」となっており、この紹介文は錯綜した情報を要約したためか誤りが多く信用できない。交響曲「虹」というのは本作で日高が完成させた交響曲のことを指しているのではないか。【以下ネタバレ注意⚠️】

このあたり、「クラシックの迷宮」あたりで片山杜秀先生に詳しく解説していただきたいものである。




正直、音楽映画なのに、音質が悪いのと、フィルムが劣化したせいか、プレイヤーの回転数が安定しないレコードやテープが伸びてワカメになったカセットの音楽を終始聴かされているようで、気持ち悪かった。

たまたま昨日、エストニア発のLGBTQ+映画『ファイアバード』を観たばかりだが、本作でもストラヴィンスキーの「火の鳥」が再々出てくる。
貧乏作曲家の日高は、宇野重吉演ずる勤め人のフルーティスト(劇中ではフリュートと言っていた)の友人から金を恵んでもらうほど貧乏で、愛聴していた「火の鳥」のレコードを金に換えて食費にあてている。
また、有名な「火の鳥」のテーマを何度か口ずさんでもいる。

戦後すぐの1948年の映画で、これだけストラヴィンスキーの音楽が出てくるというのは、日本における現代音楽の受容史としても興味深い。

ただ、日高が繰り返しピアノで弾くノクターンは、旋律美の乏しいグリーグもどき。
交響曲の作曲もピアノで行っているがそれがBGMでオーケストラ版として聴こえてくるという設定。こちらの方は、チャイコフスキーの交響曲第5番によく似た旋律が出てくる。
どうも、ストラヴィンスキーどころか、ラフマニノフやスクリャービン以前の作風でしかない(あえて言えば「滝廉太郎」風かも)のが何ともはや、といった感じだ。

まぁ、上原謙がピアノを弾くところとか、宇野重がフルートを吹くところが見られるという意味では珍品と言えるが、音楽映画としては本格派とは言い難い。

高峰秀子によるミッション系の病院の白衣姿は言うまでもなく眼福だし、戦後すぐまで外地で勤めていたときの白衣はまた別のスタイルでナースキャップが可愛らしくオシャレだった。

それにしても、この時代、上原謙も二枚目俳優として一世を風靡していたはずだが、我々の世代からすると、どうしてもフルムーンのCM(1981年か)で高峰三枝子の豊満な肢体の影に隠れ、それ以前には1975年、65歳にして38歳年下の大林雅美と再婚した「老いらくの恋」の印象が強くて、名優としてのイメージは限りなく薄い(あっ、もちろん加山雄三のパパだというのが一番有名ですが‥)。
名画座で、高峰秀子や山田五十鈴、市川雷蔵や森雅夫の特集は組まれても、上原謙特集はまずあり得ないのではないか。何やら扱いに困る俳優だ。

そういう意味では、「忘れられた二枚目俳優」による貴重な主演作の一つではある。

《※参考》
全音ピアノライブラリー
早坂文雄:室内のためのピアノ小品集
shop.zen-on.co.jp/p/168362
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