櫻イミト

雨の櫻イミトのレビュー・感想・評価

(1932年製作の映画)
4.0
「西部戦線異状なし」(1930)のルイス・マイルストン監督が手掛けたホラー的な文芸映画。原作は英作家サマセット・モームの短編「雨」(1921)。閉塞状況の南国の島で宣教師が娼婦を洗脳しようとする物語。撮影は「女性たち」(1939)のオリバー・T・マーシュ・音楽はオスカー9度受賞の名匠アルフレッド・ニューマン。※ウォルシュ監督のサイレント「港の女」(1928:主演グロリア・スワンソン)のリメイク。

南太平洋サモア諸島。首都アピア行の船が伝染病発生によりパゴパゴ島に停泊した。乗客の中に派手な身なりの女サディ・トンプソン(ジョーン・クロフォード)がいた。彼女はサンフランシスコで罪を着せられてホノルルへ逃げ、売春街イヴィレイに身を落としていた。豪雨の季節、船は二週間足止めになる。サディは島に駐在している米兵オハラ軍曹らと仲良くなり、毎夜レコードをかけて酒にダンスで騒いでいた。そんな彼女を白い眼で睨んでいた同宿のデビッドソン宣教師(ウォルター・ヒューストン)は、この汚れた女の性を救済しようと説教を始めるが。。。

映像・演出の拘りが凄い映画だった。オープニングから雨のイメージカットが重ねられ、映画の最後まで雨が降り続いている。そこに異物として登場するヴァンプ・ファッションのクロフォード。そこに尊大な宣教師役のヒューストンが対峙する。前半は物語が進行せず、ひたすら降りしきる雨音を背景に停滞と閉塞が描写される。宿の中で煮詰まっていく人間関係が執拗なワンカメで表現され、10分以上の長回しも用いられる。

後半に物語が動き始め、いよいよ映画の正体が明らかになっていく。サディを悔い改めさせようと強弁をふるう宣教師の姿は悪魔祓いそのもの。ところが、普通なら善悪がわかりやすい戦いになるところ、本作は不自然なバランス感を醸し出していく。善なる宣教師の態度は権威的かつ高圧的で、サディが洗脳される被害者に見えてくるのだ。果たして、衝撃的な結末は「時計仕掛けのオレンジ」(1971)を想起させるものだった。

ラスト前、完全勝利を遂げたかに見えた宣教師が、遠くから聞こえる原住民の音楽を耳にしつつ“魔が差していく”表現は秀逸で、並みのホラー映画よりも数段怖い。ラストシークエンスで宣教師の家族を上から見下げるサディの姿を見て、それまではずっと宣教師がサディを見下す配置だったことに気付いた。本作のクロフォードとヒューストンの演技合戦は充分に優れていたが、それ以上に”計算づくの演出”が主役の一本と言える。

トーキー初期にこれだけ意欲的な映像演出を果たしたマイルストン監督には一目置くべきと認識した。再注目して他作品も追ってみたくなった。
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