鯨

スタンド・バイ・ミーの鯨のネタバレレビュー・内容・結末

スタンド・バイ・ミー(1986年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

もしろん、いい映画ではあった。
けど、なんだろう。いまいち、心に染み込まなかった。もしかしたら私友達いないのかもしれねぇという結論に至り、しんでいる。12歳のころの友達、小学6年生のころの友達。今でも会う人は2、3人はいるけど、ゴーディとクリスのような結びつきだっただろうか。
バーンとテディも、この2人の中には入れなかったのだろうなと思う。独特の雰囲気があって。それは、ゴーディがどこかで2人のことをバカにしているからではないのか。いま回想しているゴーディは、バーンとテディのことを、「友達とはそういうものだ」といい、きっといまはあのときのかけがえのない友達だったんだな、とは思っているのだろう。でも、たぶん好きな話のレベルが違うんだよ、と思っていた節があったはずだ(物語を聞かせるときとか)
あ、でも、高校に入って、私は何か友達に対して違和感を持ったのを覚えている。なにか、越えることのできない壁を感じていた。その壁を、私は、「高校に入った時点である程度人格が出来上がっており、またお勉強の程度で人間が振り分けられているからだ」と思っていた。それはあながち間違っていないと思うけれど、でもそれによって友達ができないのは違う。私は高校でもかけがえのない友人ができたと思っている。
けれどもたしかに、言われてみれば、小学校からの友達は、私の黒歴史もその成長過程も全て知られている。そういう中で、自分を愛し理解してくれる人はそういるもんじゃない。他人を理解し他人から理解された経験は、人生の宝物になるに違いないし、豊かにすると思う。

また、この作品に付きまとう「死」。お兄さんイケメンだったね。そう言えば、最初にクリスの死によってゴーディの回想が始まるんだっけか。ほかの人の感想見るまで忘れていたけれど。私は、この時代、朝鮮戦争で弟を無くしたとお店のおじさんが言っていた、また作られたのが1986年だから、1960年代の話だろうか、、とまああたりをつけてみたら、1950年代末の話だったようだ。言われてみればそのほうがしっくりくるし、こういうところにも自分の勘の無さを感じる。勘を養っていきたい。なんだろう、死とか、この人達の生き方(生まれでもう振り分けられてしまうような)だとか、生々しい人生への重みを、小学6年生のあの子らも十分承知しているということがいまの私たちとは違うんだろうね。

あと、この話、ずっと名作でいられるのかな。生まれた時からスマホがある世代はこれをみてどう思うんだろう。

あとまあゴーディとクリスの関係性、最高でやんしたね! ブロマンス!
あと、いいところは、曲だね。
スタンド・バイ・ミー。
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