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暗殺の森のThePassengerのレビュー・感想・評価

暗殺の森(1970年製作の映画)
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ベルトルッチの名声を一躍高め、映画史上に残るマスターピースとして評価される作品だが、中身の濃いモラヴィアの原作小説「同調者」に較べると、内容は随分物足らなく感じる。登場人物の掘り下げ方が浅く、全くもって空虚で薄っぺらいのだ。構図、陰影、色彩にこだわったショットはたしかに素晴らしいものの、肝心のストーリーをこうまで骨抜きにされては映像美を称賛する気すら失せてしまう。様々なエピソードの背景となる描写がことごとく不足しており、その意味するところが判然とせず、単にあらすじを追ったダイジェストを見せられているかのようで退屈極まりない

主人公マルチェッロと、彼の内奥に容易には払拭出来ぬ「罪」の烙印を刻み込むリーノが再会する件はこの物語の肝となるが、状況設定を大きく変えたうえに、そこで交わされる重要な台詞も省かれたとあっては、もはや原作の主題は形骸化されたも同然だ。そもそも小説ではほとんど重きを置かれていない暗殺シーンが、映画のなかではハイライト扱いにされた時点で両者は方向性を違えたと言ってもいい

勿論、原作ありきの映画が必ずしも忠実に話をフィルムで表さなければならないわけではないし、監督の自由な解釈が含まれて然るべきと考えるが、元となる小説及び著者へのリスペクトの念はやはり欠かすべきではないだろう。では、「暗殺の森」にそれが窺えるかと問われたならば、残念ながら私の答えはノーだ。書籍巻末の解説によると、本作に対するモラヴィアの反応は冷ややかだったそうだが、そんな彼の心情は何となく理解出来る

マルチェッロに扮したジャン=ルイ・トランティニャン、脇を固めるドミニク・サンダとステファニア・サンドレッリの配役は、まるで文章からそっくり抜け出てきたかの如き雰囲気で、これ以上は望めないほど完璧なだけに、尚更脚色の仕方をもう少し考えてほしかったと思う

(2023-66)
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