パングロス

お茶漬の味のパングロスのレビュー・感想・評価

お茶漬の味(1952年製作の映画)
4.2
◎艶やかさ満開 有閑マダム 甘辛ホームコメディ

4Kデジタル修復版(1952/2017年)による上映
*状態は頗る良好、ストレスなく鑑賞できる。

不朽の名作『東京物語』(1953年)の一つ前の作品で、小津が中国戦線から復員後の1939年に書いたものの検閲で製作中止となった脚本を練り直した脚本により作られた。

メインは、佐分利信(公開時43歳)演ずる丸の内にある東亜物産の機械部長佐竹茂吉と、木暮實千代(34歳)演ずる妙子の夫婦。
加えて、宝塚出身の淡島千景(28歳)が妙子の友人、上原謙の妻で加山雄三の母たる上原葉子(36歳)が妙子の妹、トットちゃんで有名なトモエ学園出身の津島恵子(26歳)が妙子の姪として登場。


【以下ネタバレ注意⚠️】







20代から30代半ばにかけての時分の華の女優たちが妍を競って着飾ったり、温泉旅行に、野球観戦に、歌舞伎見物にと優雅に遊び興ずる景色を、テーマとは別に、堪能する作品でもある。

*本作のレビューは、Amazonの陸田竜平氏による「怒るのをやめた人」(**)が考証面含めて大変優れている。小津と言えば何でも有り難がる没趣味な風潮に対しても一矢報いていて、我が意を得たりである。
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以下の拙レビューは陸田氏の成果(RRと注記)を一部参照した。

妻の妙子(木暮)が一階の広い洋間に陣取り、夫の茂吉(佐分利)が二階の和室に追いやられている佐竹家は、もともと妻方が相続したものらしい。
妙子の父山内直亮(柳永二郎)は、スウェーデンの日本大使館に次官級で勤務した職歴があり(RR)、戦前からの外交官一家だったようだ。
直亮は、茂吉の勤める東亜物産の社長大川(石川欣一)とも職務上の交流がある。

妙子には兄(節子の父親)があって大磯にある山内家の跡取りとなっているから、彼女は一族の東京にあった屋敷を譲り受け、見合結婚ながら優秀な人物として父直亮からも認められた茂吉を入婿に近い形で迎えたということだろう。
しかし、上流階級の娘として育ち、万事、派手好みな妙子に対して、長野出身の茂吉は対照的に、至って質素堅実を旨としていて、妙子とは趣味が合わない。

冒頭、着物姿の妙子と可愛い帽子姿の洋装の姪節子(津島)がタクシーで、お濠端の日比谷あたりから西銀座に向かっている。
途中、ノンちゃん(岡田登=鶴田浩二)が歩いている姿に節子が気づき、
「のんびりしているわ」と言うと、妙子は、
「あの人は、いつもそうよ。ノンちゃん雲に乗る」と前年(1951)のベストセラーに引っ掛けて言う。これで、山内・佐竹両家と登は家族ぐるみの古い付き合いであることがわかる仕掛け。

節子はピカデリー(現在は有楽町マリオン9F)にジャン・マレーの映画を観に行くと言う。前年に公開された『オルフェ』のことであろう。
二人は銀座でブティック(?)を営む妙子の友人、雨宮アヤ(淡島)の店を訪ねる。

三人の雑談で、こないだ歌舞伎座の中幕を幕見した話題になる。
節子は、幕見は初めてで、海老蔵がこれっぽっちと手振りを交えて話す。
(このセリフ、聴き覚えが確かにある。原節子が言ったものと思い込んでいたが、本作だったか。他の作品でも同様のセリフが使い回されてはいるのだが。)

妙子はアヤとの相談で、修善寺温泉に一泊旅行に出かける計画を立てる。

妙子は、夫に、節子が学校の先生の謝恩会で修善寺に行った先で腹痛を起こしたんで行ってやりたいと嘘をつくが、間の悪いことに節子が訪ねて来てしまった。
急遽、妹の黒田高子(上原)が修善寺で盲腸になったことに作戦変更して無事温泉行きを敢行。

妙子、アヤ、高子、節子の4人は、宝塚の定番ソング「すみれの花咲く頃」を合唱したり、浴衣姿でくつろいだりして逗留を楽しむ。
妙子たちは、池の鯉を見て、
「あっ、誰かさんに、よく似たのが泳いでる。
ノソノソしているところがそっくりなのよ。」
「鈍感サン、エサをお食べよ。鈍感サァン!」
などと夫をネタにして笑い興ずる始末である。
節子は、それを聴いて、その場では黙っていたものの、あとで妙子に、
「わたし、結婚したって、旦那様のこと、鈍感サンなんて悪口なんか、決して言わないの」
と、キッパリ言うのだった。

高子の夫も、パリやリオを行き来していると話題になる。
やはり外交官か、商社勤めか、戦後12年にして洋行を日常的にするような職にあることがわかる。

夫の茂吉の方は、戦死した友人の若い弟である登(鶴田)と銀座のバーECHOで飲み交わしたり(*)、登に誘われてパチンコに挑戦したりする。
*就活中の登は明朗快活。バーでヨーロッパの学生歌《ガウデアムス》(日本詞「我が行く道は」。ブラームスの《大学祝典序曲》の終結部、旺文社の「大学受験ラジオ講座」のテーマ曲としても有名)をラテン語で歌う。

たまたま入ったパチンコ屋は、茂吉の軍隊時代の部下、平山定郎(笠智衆)が営む店だった(*)。
茂吉は、初めてのパチンコを面白がるが、平山は「こんなものが流行るのは、どうもイカンです」と否定的だ。
《甘辛人生劇場/パチンコ》の妙な看板の文句ともどもに可笑しい。
*笠智衆は『東京暮色』(1957年)では銀行監査役ながらパチンコ好きという設定。本作を踏まえたパロディ的引用であろう。

二人は平山の家に招かれて、気の置けない安酒を酌み交わす(*)。
茂吉は、立場や年齢を超えた友だち付き合いを楽しめる人柄なのだ。
*小津映画あるあるの笠智衆の一芸披露は、シンガポールの攻防を歌った軍歌《戦友の遺骨を抱いて》。

「お見合いなんて、野蛮よ!」

節子は、祖父直亮の斡旋した見合いが嫌で、間の取り持ちを直亮から依頼された妙子にも強く訴えたのだが、その効果はなく、強行されることに。

《京鹿子娘道成寺》が演じられている(*)歌舞伎座での観劇見合い。
*舞台は映されないが長唄「煩悩菩提の‥」のくだりが聴こえる。
節子は相手を放り出して抜け出し、登と誘われた茂吉がレース観戦中の競輪場に姿を現して二人を驚かす。

茂吉は、お見合いをすっぽかすなんてダメだ、帰りなさい、と諭すが、聞く耳を持たない節子。
三人して、平山の《甘辛》パチンコに連れ立つ始末。

登は、パチンコや競輪といった趣味と同様に、グルメとしても庶民派。
トンカツ《カロリー軒》や《三来元/ラーメン》が行きつけで、茂吉や節子も誘っては、「うまいでしょ」と自慢する。
「こうゆうのはね、美味いだけじゃダメなんだ。安くなくちゃね。」

月下氷人の立場を無視された妙子は怒り心頭。
おまけに節子が茂吉と一緒だったと知って、怒りの矛先は夫の方に。

妙子は夫への日頃の鬱憤をぶち撒け、茂吉が味噌汁の残りをぶっかけ飯にしてかき込むのを、「やめていただけます?」と詰め寄る。

「奥さんに怒られちゃった。」
茂吉は、
僕の田舎の長野ではこうしていたからさ。
汽車だってそうだ。君は嫌うけど、僕は気の置けない三等が好きなんだ。
いわば、インティミットでプリミティブな遠慮や気兼ねのない気安さが好きなんだ。
でも、もうやめるよ。君が嫌いだって言うんだからさ。

ところが、頭に血が上った妙子の気持ちは一向におさまらず、そのまま出奔。神戸は須磨の友人のもとに行ってしまう。

茂吉の方は、前からの懸案だった、ウルグアイの首都モンテヴィデオでの海外勤務が急に決定となり、妻不在のまま、羽田空港をPAA(パンナム)便で発つことに。

親戚知人が空港で見送ったあと、のこのこと妙子が家に帰って来る。
「だって知らなかったんだもん」

呆れる一行だったが、それぞれ帰宅。

妙子は、所在なさげに、ひとり洋間でオルゴール箱に指輪を仕舞いながら、その音色(*)を聴いたりする。
*レハール作曲のオペレッタ《メリー・ウィドウ》のアリア《ヴィリアの歌》。

そこに、ただいま、と茂吉の声。
飛行機が、突然の故障で空港に舞い戻り、明日改めて出発することになったという。

二人は、深夜寝入っている女中ふみ(小園蓉子 )を起こさずに、妙子が糠味噌桶に手を突っ込み、仲良くお茶漬けをかき込むのだった。

茂吉曰く、
「夫婦ってものは、お茶漬けの味なんだ。」

後日、節子と話す妙子、
「セッちゃんねぇ、男の人の頼もしさってのがネ、一番大事なの。」

赤坂離宮(迎賓館)前を、話しながら歩く節子と登。
登は節子から一部始終を聴かされたあと、鸚鵡返しのように、
「男は結局、頼もしさですよ。」

二人、戯れるように、隠れん坊したかと思うと、画面の左奥の方に駆け抜けて行くのだった。

終わり。

***

基本コメディだが、物語は起伏に富んで哀歓を感じさせ、個々の人物造型も念入りに設計されて奥行きがある。

描かれるのも、倦怠期の壮年夫婦と、未婚の新世代を対比させるばかりでなく、戦時を懐かしむ旧世代(笠智衆)まで登場させ、多層的に戦後社会を腑分けして見せる。

完璧な構図、絵作り。
明暗の演出、音響設計も完璧である。

興行成績も良く、この年の第4位、洋画を除くと2位の大成功をおさめた。

小津作品では唯一の出演となった木暮と小津とは撮影中も折り合いが悪かったという(RR)が、何よりも本作の成功は木暮の爛熟とも言うべき艶やかさあってのものであることだけは間違いない。

《参考》
なつかしの映画をカラーで Japanese Nostalgic Cinemas
お茶漬の味 / Flavor Of Green Tea Over Rice (1952) [カラー化 映画 フル / Colorized, Full Movie]
m.youtube.com/watch?v=7xfuSm6p0U0&t=1500s
*パブリックドメインのモノクロ映画のカラー化チャンネル、ノーカット

連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(23)」
夫婦はこのお茶漬の味なんだ。
2018.6.22 米谷紳之介
www.cinemaclassics.jp/news/1306/

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