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ダンサー・イン・ザ・ダークのsghrytのネタバレレビュー・内容・結末

3.5

このレビューはネタバレを含みます

主人公は遺伝性の失明症という運命を背負って生まれた。母親として子供を産めば、子供にも同じ運命を背負わせることになる。それでも彼女は子供を産んだ。「子供を産む」と決意した瞬間、彼女は自分の運命に牙を剥いたのである。

その後、主人公は女手一つで息子の失明を回避するための手術費を貯める。しかし、運命は悪魔を遣わして彼女を試す。隣人は失明しかかっている彼女の隙をついて手術費を盗み、それがバレると自分を殺してくれとせがむ。彼女は隣人を殺して手術費を取り戻す。

死刑判決をうけた彼女は「ジミー!」と子供の名前を呼んで泣き叫ぶが、「ジミーの手術は上手くいったぞ」という知らせを聞いて微笑みながら死んでいく。彼女は悪魔の試練を乗り越え、運命に打ち勝ったのだ。

事前に「救いようがない映画」と聞いたから、自分が貯めた手術費すら隣人からの盗品として没収された挙句に母親は処刑されて息子も失明するというバッドエンドを想像していただけに、この結末はハッピーエンドにしか見えない。誰がなんと言おうと運命に打ち勝ったハッピーエンドである。

印象深かったのは、悪魔と死だ。

おそらく隣人は悪魔の象徴である。この世には悪が実在する。それは交通事故のように突発的に遭遇するものであって、その手に掴まれたら破滅するしかない。人間にできるのは、せいぜい破滅の仕方を選ぶくらいのことしかない。それでもより良い破滅を選ぶことはできる。そこに、悪に対する抵抗がありえる。西洋における悪のリアリティ、悪魔の実在感がよく描かれている。

一方、最後に従容と死につく主人公は当初、処刑台で「ジミー!ジミー!」と悲痛な叫び声を上げて醜態を晒す。しかし、これが本当の人間の死に方ではないか。

儒教(武士道)では潔い死に方が賞賛される。
(「天竺震旦にも、日本我が朝にも、並びなき名将勇士といえども、運命尽きぬれば力及ばず。されども名こそ惜しけれ。東国の者どもに弱気見すな。いつの為にか命をば惜しむべき。いくさようせよ、者ども」『平家物語』)

死ぬのが怖いのに怖くない振りをしたり、死にたくないのに潔く死のうとしたりすることは、偽物の死に方ではないか。
(本居宣長「漢心」)

しかし、処刑台に立った自分を想像すれば、やはり「どうせ死ぬなら格好よく死ね」という考えは拭いがたいようだ。
(マリーアントワネット)
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