SANKOU

パルプ・フィクションのSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

パルプ・フィクション(1994年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

タランティーノの映画は背筋も凍るようなバイオレンスと、思わず笑ってしまうようなジョークのバランスがいつも際どいところで保たれている。
一歩間違えれば嫌悪感しか抱かない作品になってしまうが、この作品はそのバランスが抜群に優れていて、曲のチョイスといいセンスの塊だと思った。
四つのエピソードを時間軸を前後させながら描く演出も功を奏していて、一瞬ドキリとさせられるシーンもあるのだが、観終わった後にはショッキングな印象はどこかに消え、どこかお惚けなキャラクターたちに対する愛着すら感じてしまうのだから面白い。
緊張と緩和、これが常にこの作品では保たれている。
パンプキンとハニーバニーのカップルは、レストランでいかにリスクを負わずに効率よく多額の金を手に入れられるかを話している。パンプキンに対してメロメロのハニーバニー。お馬鹿なカップルだと思っていたら、二人は最終的に今いるレストランで強盗することが一番効率のいい稼ぎ方だと結論付け、突如銃をかざして店内に向かってわめきたてる。
ギャングコンビのヴィンセントとジュールスは、二人で漫才の掛け合いでもしているのかと思うほど馬鹿な話をしながら登場するのだが、ボスのお宝を盗んだ犯人のアジトに乗り込むと空気が一変する。
フレンドリーに犯人の一人に接するジュールスだが、突如豹変して聖書の一節を朗読しながら銃を犯人に撃ち込む姿にはゾッとさせられる。
そんな危ない二人なのだが、タレコミ屋を誤ってヴィンセントが撃ち殺してしまい、二人とも返り血を浴びて発狂するシーンは、とても残酷な描写なのにあまりに滑稽すぎて完全にコメディシーンになってしまう。
それは他のシーンでも同じで、ヴィンセントはボスであるマーセルスの妻ミアの相手を一晩頼まれるのだが、噂ではミアの足をマッサージした男がアパートの四階から突き落とされたと言われるぐらいマーセルスは妻を溺愛しており、何か間違いがあってはいけないとヴィンセントは気を引き締めている。
レストランバーで、奔放に振る舞う彼女の命令で一緒にツイストダンスを踊るシーンはとても印象的だ。
魅力的な彼女を前に何とか自制しようと努めるヴィンセントは、彼女を送り届けた後にすぐ帰るつもりだったが、いつの間にか彼女はヘロインの過剰摂取で瀕死の状態になってしまう。
鼻から血を流しながらぐったりするミアの姿はショッキングだが、そのあとの慌てまくるヴィンセントの姿がやっぱり滑稽で笑ってしまう。
心臓に直接注射針を突き刺す衝撃の展開も、本人がシリアスであればあるほど面白い。
マーセルスとブッチのエピソードこそタランティーノの真骨頂とも言える悪いジョークとバイオレンスのオンパレードだった。
マーセルスを裏切って恋人と逃げようとするブッチだが、父親の形見である時計を恋人が持ってくるのを忘れてしまったために、ブッチは危険を承知でアパートに戻ることにする。
祖父、父親と代々受け継がれてきた時計を、ブッチが子供の時に受け取ることになったエピソードも大分おかしかった。
戦死した父親に代わって時計を預かっていた軍人の男が、これは代々受け継がれてきた時計なのだとブッチに語りかける。本来なら感動的なシーンなのだが、彼はその時計は敵兵に見つからないようにずっと尻の穴に隠されてきたのだと言う。七年間も尻の穴に隠されていた時計を、一番大切なものなのだと命の危険も顧みずにアパートに向かうブッチ。
無事に時計を見つけて一息つくブッチ。誰もいないと思われたアパートだったが、実は待ち伏せのためにヴィンセントが入り込んでいた。
ただ運の悪いことにヴィンセントはちょうどトイレで用を足していた。彼がトイレから出てきたところを、ブッチが銃を構えて待ち伏せている。
緊張感のあるシーンなのに、シチュエーションはとても間抜けだ。そしてトースターからトーストが飛び出た音を合図に、ブッチがヴィンセントを蜂の巣にしてしまうのも何とも間抜けな展開だ。
あまりにもあっけないヴィンセントの最後に少しだけ哀れな気持ちになる。
その後意気揚々と逃げ出すブッチだが、運悪くマーセルスと鉢合わせてしまう。
銃を乱射しながらブッチを追いかけるマーセルス。ガンショップに逃げ込んだブッチは、追いかけてきたマーセルスを殴りつけるが、気がつくと彼らの背後で店の主人が銃を構えていた。
ここからの展開はぶっ飛んでいる。いつの間にか椅子に縛り付けられている二人。主人が呼んだ警官が現れるが、どうやら二人を逮捕するのではなく、痛め付けるために来たようだ。
先にマーセルスの方が部屋に連れていかれる。扉の中からは彼の悲鳴が聞こえる。縄を解いて逃げ出すことが出来たブッチだが、何故かマーセルスが気になり店内に引き返す。店内に飾られた日本刀を手にして。
これも間違えればとんでもなくB級映画のような展開になりそうなのに、圧倒的な暴力描写が優れているためにそうはならない。
てっきり拷問を受けていると思われたマーセルスが、警官によって強姦されている姿には笑ってしまったが。
恋人を後ろに乗せて、派手なオートバイで颯爽と駆け抜けていくブッチの姿は清々しかった。
誤ってヴィンセントが撃ち殺してしまった死体の後始末をするシーンも最高に面白かった。
「一度謝ったら許すもんだぜ」というヴィンセントに「それは車に飛び散った脳ミソの後片付けをしたことのない奴の台詞だ」と返すジュールスがおかしい。
掃除屋ウルフの指示のおかげで何とか死体を始末出来た二人は、レストランで朝食を取ることにする。
これが冒頭のシーンに繋がる。従業員と客を脅しつけるパンプキンとハニーバニーだが、逆にジュールスに押さえ込まれてしまう。
本来のジュールスならその場で二人を殺していただろう。しかし最初にボスの宝を持ち逃げした犯人のアジトで、彼らの仲間の一人が二人に向かって銃を乱射したのだが、奇跡的に一発も二人には当たらなかったことが、彼には神の導きのように感じられ、生き方を改めることを真剣に考えるようになっていた。
彼は人を殺す時に朗読する聖書の一節をパンプキンに披露するが、今までのように引き金に手をかけることはしない。
「お前が心悪しき者で俺が正しい者。銃を構えているヴィンセントが悪の谷間で俺を守る羊飼い。あるいはお前が心正しい者で俺が羊飼い、世の中が悪で利己的なのかも。そう思いたい。しかし真実はお前が弱き者で、俺が心悪しき暴虐者だ。だが努力はしている。羊飼いになろうと一生懸命努力している」
何かを悟ったようで、俺は弱いお前のために一生懸命我慢しているんだというただの嘆きにも聞こえる。
結局この映画には人のために良きことをしようとする心正しい者は一人もいないように感じる。
自らの財布から1500ドルとレジや他の客から奪った財布を渡し、パンプキンとハニーバニーを逃がすジュールス。彼にとっては正しい行為かもしれないが、店の従業員や他の客にとってはたまったもんじゃない。
それでもトランクスに銃を突っ込んで、悠々と店を出ていくジュールスとヴィンセントの姿が何だか憎めなかった。
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