やはり連続活劇を撮っていた人は撮るべきものの取捨選択というか、アクションにカメラを対峙させる感覚が研ぎ澄まされてる。
浮浪少年とバック・ジョーンズが鶏を食べようと包丁を振り上げるも可哀想だと思い留まるシーンの、個人の欲求を満たすために暴力は行使しない小さなポリシーというか、別に食べてもいいのに敢えて止めてしまう全然野人じゃない繊細さが凄く良い(笑)。
また厳密にはグリフィスと異なるのだが、解決すべき問題が同時に二つ以上提起されるもここで解決できる(せねばならない)のはバック・ジョーンズ一人であること、それがクロスカッティングによるスペクタクルを作動させていないわけで、ただ確実に数人分の働きをする彼は必然的に超スピードで大立ち回りをやってのけることになる。
後年とは若干違えど冤罪/奪還の主題が早くもここで姿を現していることにも注目。