カラン

竹山ひとり旅のカランのレビュー・感想・評価

竹山ひとり旅(1977年製作の映画)
4.5
高橋竹山(ちくざん)というのは、青森や北海道で、津軽三味線を担いで坊様(ぼさま)をしていて、津軽三味線としては史上初のLPを出し、さらにはアメリカ公演をするほどにまで登り詰めた方。坊様というのは、あけすけな言い方をすると、流浪の物乞いなのだから。

☆物乞いファンタジー

托鉢(たくはつ)というのは古代インドでも、中世ヨーロッパでも、日本でも(最近はあまり見ないが)行われてきたもので、物欲を払い、ひたすらに祈り、他力本願で言うところの南無阿弥陀仏(ミホトケの前にワタシとは何者でもなく、無こそが阿弥陀仏の救いの本願であると悟り、至高の受動性に自分を置くこと)の業(ぎょう)なのである。南無阿弥陀の受動性に関しては鈴木大拙先生の『日本的霊性』(1944)をお読みくださいね。話が逸れまくっているが、放浪と物乞いは芸術と極めて相性がいいと言いたかっただけである、種田山頭火とか、シューベルトとかさ。

☆坊様

昔は目の見えない人たちがやれる仕事というのは按摩(あんま)か、坊様(ぼさま)か瞽女(ごぜ)であったそうだ。坊様や瞽女といった文化は江戸時代から昭和の高度成長期まで続いたようである。社会全体が貧しく、農村で盲人であると仕事がないので、村々を方々を渡り歩いては三味線や尺八を人の家の前で演奏した。お金や米、饅頭、味噌を貰ってその日の糧にするのを門付け(かどづけ)といい、女で盲で三味線弾きの流しを行う人を瞽女(ごぜ)という。篠田正浩が1977年に『はなれ瞽女おりん』というのを撮っている。同年に公開された本作『竹山ひとり旅』は高橋竹山の半生が描かれ、男なので坊様とされる。ぼさぼさ頭でぼんやりした眼差しの林隆三が演じる。

(注) 高橋竹山は半盲だったようで、劇中で白色のフィルターがかかったような映像で、ぼんやりした視界が表現されていた。

☆人間の真実を描く厳しさ

篠田正浩監督の映画は瞽女を描いていたが、瞽女さんとしての厳しさではなく、女の辛さであり、女と男を分つのは脱走兵を追う軍部という外部要因である。新藤先生のは社会的弱者の描き方が非常に厳しく、坊様が坊様であること自体の辛さを描く。篠田正浩の映画で瞽女を追うのは軍部という外付けの因子でありはが、新藤先生の坊様を追うのは母親(音羽信子)である。母親が三味線の師匠に弟子入りさせ、嫁を2度取らせ、自暴自棄になって破ってしまった皮を直してもう一度その手に握らせて、握り拳で唄いながら、三味線を弾けと息子を叱咤する。新藤先生は話を盛るが、真実を見失わない。

☆風物

斉藤耕一が監督した、津軽三味線と瞽女を彷彿させるタイトルの『津軽じょんがら節』(1973)は、なぜか三味線も瞽女もほとんど映らない。むしろ、じょんがら節の歌の内容を描いたのか、瞽女の娘の生活と寒村を描く。この映画はとても人気が高いのは、おそらくテレビドラマと映画の区別が付かず、映画空間のショットを気にかけない人が多いことの証左だろう。というのは、斉藤耕一の風物は素朴さだけが売りになったもので、篠田正浩のもののような豊かさはない。新藤先生のは、全般にリアルな厳しさに溢れたロケだが、雪が分厚く降り積もって形成されたレイヤーまで写し撮る。

☆海猫ショット

海猫の群れが2度登場する。海辺で人生に翻弄される坊様と門付けした金持ちにレイプされた最初の妻がもつれ合う。妻は泣いて走り去ろうとする。海猫の群れがスクリーンに渦巻き、その中を坊様が追いかけ、俺と別れてくれと、押し倒し、跨る。

2度目は、死のうとしたのか、傷心の坊様が朽ちた船の陰に寝転んでおり、母親とイタコをしている2度目の妻(倍賞美津子)が三味線を持ってやって来る。母親が叱咤すると、海猫が渦巻き、群れを突き抜けるように母親が声を振り絞ってじょんがら節を唄うと、坊様が三味線を握る。雪の上に座して三味線を弾き始めるこの力強さが篠田正浩の映画との本質的な違いである。

極めて画力に溢れたショットをたっぷりと見逃す余地がないほどに湛えた映画である。『津軽じょんがら節』はもちろん、『はなれ瞽女おりん』ですら、このような境地には至っていない。いかんせん、3作の中で最もマイナーなのが最も偉大であるというのはどういうことか。

☆減点理由

盲目の女を孕ませた教師に騙されて、自己破壊にいたる定蔵(さだぞう=後の竹山)を演じる林隆三を、畳の反射で黄色くなった部屋で撮る。旋回しながら林隆三を撮るカメラに合わせて、林隆三の手前の畳の上でうっすらとした黒い影が動いていた。カメラマンの影だろう。撮り直しすべきである。たぶんかなり良いショットだったのだと思うのだが、畳の影にかなり気を奪われた。おそらく近代映画協会の経済の問題であると思われる。残念だ。撮影監督は『裸の島』(1960)等の新藤先生の傑作でコンビを組んできた黒田清巳。

アテレコは音羽さんは口を大きくあけて上手にやっていたが、何人かは外している箇所もあった。高橋竹山自身にマイクを当ててライブで三味線を弾かせたのが正解である。

画質は時代を考えると良いほうだが、フィルムの傷みなのか、かなり揺らいでいる箇所もあった。


レンタルDVD。55円宅配GEO、20分の10。
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