一人旅

ルー・サロメ/善悪の彼岸 ノーカット版の一人旅のレビュー・感想・評価

5.0
リリアーナ・カヴァーニ監督作。

19世紀末、妖艶な才女ルー・ザロメ、哲学者フリードリヒ・ニーチェとその友人パウル・レーの奇妙な三角関係の行方を描いたドラマ。

『愛の嵐』の女流監督リリアーナ・カヴァーニによる官能的な愛憎ドラマで、ルー・ザロメとの関係を通じてニーチェの薄倖な生涯を浮かび上がらせた力作。ニーチェ…と聞くと勝手に難解な印象を受けるが、本作は決して哲学問答的内容ではないのでご安心を。あくまで焦点は愛と性愛に生き、それに翻弄され破滅していった哲学者ニーチェの“人間的側面”を描くことであり、性的魅力に満ちたザロメを巡るニーチェとレーの友情と確執や、二人の男を無自覚に翻弄するザロメの自由な生き方、そして、ザロメを深く愛するがあまりやがては精神を崩壊させていくニーチェの不遇な晩年までを、カヴァーニ流の官能的・幻想的映像を交えて描き切る。

脚色ももちろんあるのだろうが、大方は史実に基づきザロメ、ニーチェ、レーの三角関係と三者それぞれの人生を映し出す。ニーチェに対する愛情と嫉妬心が増幅していく妹エリーザベトの狂気や、ザロメと夫カールの歪な夫婦関係、ニーチェを差し置いて始まるレーとザロメの共同生活、麻薬(阿片)と娼婦相手の買春に溺れるニーチェの自堕落な生活ぶりなど、ニーチェと彼を取り巻く人間の知られざる遍歴を知るための入門書としても鑑賞することができる。

この映画を観るだけで、きっとそれまでのニーチェに対するイメージが“良い意味”で崩れるでしょう。ニーチェ=完璧超人で崇高な生き方を貫いたドイツを代表する哲学者と誤解しがちだが、その実、人間的な弱さ・脆さと欲望を持った“普通の人間”であったことが浮き彫りになる。ニーチェのような偉大な哲学者でさえ自分自身の人生を自分の思い通りに送ることは叶わず、結局は失意の内に狂気の世界へと足を運び入れていったのかと思うと、どこか人間の無力さや人生の儚さ・不合理性を感じてしまう。

カヴァーニらしい官能的映像・演出も凄烈に印象的。ザロメとレーの情事を間近で眺めるニーチェの画の異質さや、ニーチェが目撃する幻想-キリストと悪魔による男性同士の肉感的な絡み合い、裸の男性を取り囲んで愛撫する一群など、退廃的でエロティックな映像が随所で映し出される。

ルー・ザロメ役はベルトルッチの『暗殺の森』『1900年』やヴィスコンティの『家族の肖像』のフランス人女優ドミニク・サンダ。劇中フルヌードまで魅せる熱演で、自由な生と性に生きるザロメを演じる。
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