たむランボー怒りの脱出

お早ようのたむランボー怒りの脱出のレビュー・感想・評価

お早よう(1959年製作の映画)
4.0
再見。子供たちのテレビ要求無言ストという「反社会性」が功を奏したのではなく、大人の無駄口として批判した挨拶やお世辞の結果=セールスマンに就職した隣人への義理としてのテレビ購入(大人の社会性)によって実現されてしまっていることにその子供たち自身が気づいていないこと。それにより子供たちはいつも以上に大人への挨拶に精を出すようになり知らぬ間に懐柔され「社会性」「社交性」を得てしまっていることも当然知る由もない。ラストは脱糞癖という反社会性をいまだ保ち続けている子供が母親の杉村春子によって「脱糞をやめるまでパンツを履かさない」という社会性を強制的に獲得させるための反革命が提示されて終わる。額を押したらおならが出るという従順な身体を獲得し、軽石を飲むという反社会的行動をやめてゴボウを食べるという健康志向によって社会に順応していくテレビ兄弟とは違い、軽石を飲み続け額を押してもおならではなく大便を出してしまう過剰さを抱えた非順応な子供の行く末は果たして。子供の手の届かない高所に干されるパンツ……。

2018.07.09 @YouTube
おはよう、こんにちは。
これらを余計なことだと一蹴してしまう子供たちは、小津の自己批評かな。