ストーリーの途中で前触れもなく、突如役者たちが歌いながら踊りだす。ミュージカル映画をそう定義するのなら、この映画はミュージカルの範疇を超えている。
この映画の中の役者は、一切踊らない。その代わり台詞が全て歌になっている。つまり今までのミュージカルとはまるで違う、新しい形のミュージカル映画だ。
この映画が今までにない画期的なミュージカルであることは疑いないが、全編歌唱というスタイル自体が成功しているかは微妙なところで、少なくとも私の好みではない。
撮影当時19歳だったカトリーヌ・ドヌーヴの魅力が引き出され、彼女が世界的大女優への出発点となった記念すべき映画ではあるが、特段ストーリーが優れているとも思えない。
だが、これ映画は2つの点で、初めての鑑賞からどれほど時間が経とうとも忘れることが出来ないのだ。
1つはその鮮やかな色使い。雨の中、通りを交差する人々を真上から映す有名なオープニングシーン。その中に映し出される色とりどりの傘の色。
シーンに合わせて完璧にコーディネートされた衣装と背景の色。特にヒロイン母娘の衣装と室内のドア・壁紙などのカラーコーディネートは、強く印象に残り、その色使いは「ラ・ラ・ランド」など後の様々な映画にも影響を与えている。
もう1つは、あの有名なテーマ曲だ。ミシェル・ルグラン作曲の流麗なメロディと、雨の港町に映える雨傘の色彩や風景などが見事にマッチし、観る者にロマンティシズムと哀愁を感じさせる。
実はこの映画、冷静に見ればお互い堅実で理解のある良き伴侶に恵まれ、それぞれに幸せな家庭を築いている。見ようによっては、若さゆえの未熟さが目立った2人があのまま結婚するより良かったかもしれないのだ。
にも関わらずこの映画が、〝結婚を誓い合った恋人同士を待ち受ける、はかなくも悲しい運命〟として語られるのは、あの有名なラストシーンに流れる名曲「シェルブールの雨傘」のせいだろう。
いろいろあったが今はお互い幸せな、昔の恋人が、たまたまガソリンスタンドで会っただけなのに、降り落ちる雪と音楽だけで悲運の恋に見せる演出は、作り手として見事なのかもしれない。
〈あらすじ〉
フランスの港町シェルブール。傘屋の娘(カトリーヌ・ドヌーヴ)と自動車修理工の青年(ニーノ・カステルヌオーヴォ)が恋に落ち、結婚の約束を誓い合うが、やがて青年はアルジェリア出征に徴兵され、戦地で消息を絶つ…。