このレビューはネタバレを含みます
ストーリーは、大学生の昭夫(小林旭)と悦子(浅丘ルリ子)が夏休みに尼寺へ泊りに来て、そこで美しい尼さんの昌妙尼(芦川いづみ)に出会って…というお話。
昭夫と悦子は恋人関係ではなく親友同士という関係のよう。実は二人ともまんざらでもないが、昭夫はバーでバーテンのアルバイトをしながらバーのマダムのツバメとして、何でも買い与えてもらったり、一緒に鬼怒川や京都へ旅行もしたりという関係を持っていたし、一方、悦子の方もコールガールのアルバイトをしている。コールガールと言っても売春ではなく、短時間喫茶店で会うだけでお金をもらうという、まさに今で言うところのパパ活をやっている。
しかし、昭夫はそんなマダムとの関係を断ち切ろうとしたのか、バーテンのアルバイトを「思うところあって」辞めたところだった。二人が会って話している中、昭夫がバイト辞めなきゃよかったかなあと言うと悦子はまだ未練があるのと詰問するが、昭夫は単に経済的理由だ、今はバイト疲れで健康回復が急務だと話す。すると悦子は昭夫には健康より洗脳が必要だ、思想の改造、魂の洗濯が必要だ、お金もかからず、勉強もできる理想的なところがあると言う。
こうして二人は悦子が戦時中疎開していた田舎の尼寺で夏休みを過ごすことになる。
そこで二人は若くて美しい尼さん、昌妙尼に出会う。昌妙は、県立大学に通っていて、将来は東京の佛教大学の大学院で勉強し、さらに別の大きな寺で修業をした後、この尼寺に戻って庵主になる予定だという。二人はこの尼さんに興味津々。昭夫は昌妙に勉強を教えてほしいと言われ嬉しそうだし、女性として意識する。悦子の方は女の勘で嫉妬心や警戒心を抱く。結局、悦子は恋人ではなく親友に過ぎないと言いながら、それ以上の関係になることを求めているということがここからも分かる。
悦子は、お風呂にも昭夫より先に入ろうとして、尼さんからたしなめられたり、朝は寝坊した上持ってきた携帯ラジオでロカビリーをガンガン流して顰蹙を買うがお構いなし。
昌妙は誰かからラブレターをもらっていたり、街の店で誰かのためにネクタイを買ったり、学生の運転するトラックの荷台に乗っけてもらったりと尼寺では見せない一面があり、ちょっと謎をはらませる。
しかし、結局、ラブレターは駅員からのものだったり、ネクタイは兄の就職祝いのためだったりと、劇的な展開なく収束する。
昌妙はネクタイを届けに実家に帰った際、自分が家族の一員として歓迎されるのでなく、一人の尼さんとしてよそよそしい扱いをされ、寂しい思いをする。父親だけはアサコと娘の名前を呼び、嬉しそうだが、母親はそれを逆にたしなめるし、姉弟たちも他人行儀だった。もともと昌妙は自ら進んで仏門に入ろうとしたのではなく、貧しい家の口減らしのために尼寺へ預けられたのだった。
昌妙は実家からの帰り途中で偶然昭夫に出会い、こうした悩みを打ち明ける。昭夫も昌妙に同情を寄せると共に、ネクタイを買ったのも他に男がいるわけではないことを理解し、より昌妙に心が傾いていく。
悦子は、二人が一緒に寺に帰ってくるのを見てさらに嫉妬心を燃やす。
ある時、悦子や他の尼さんが外出して、寺のお堂で昭夫と昌妙の二人きりになる。ふとしたきっかけで昌妙が今の自分の立場などの悩みを打ち明けることになり、昭夫が慰める立場となると、昌妙は昭夫の胸に一瞬顔を埋め、いい雰囲気になる。二人はすぐ離れるが、そこに悦子が帰ってくる。悦子は状況を察知し、昭夫に怒りの平手打ちを食らわせる。昭夫は誤解だと言って悦子を抱き寄せ無理やり唇を奪う。二人はその後部屋に戻り互いの気持ちをわかり合う。
翌日、二人は急遽東京に帰ることになる。結局、悦子が昭夫を恋人にするという目的を果たしたからだろう。バス停まで昌妙が二人を見送る。悦子は、それまで使っていた携帯ラジオを昌妙にプレゼントする。携帯ラジオはここまでも頻繁に絶妙な小道具、メタファーとして存在している。初めは流行の最先端を行くカップルの小道具として、そしてここでは悦子が昌妙に女の戦いに勝ったという、勝ち誇った証として、今で言うならマウントを取ったということで渡したと言えるだろう。
帰りの汽車の中で二人はタバコを吸おうとする。昭夫がライターを取り出すと、それはバーのマダムにもらったものだった。一瞬、二人は見つめ合い、にやりと笑う。昭夫はおもむろにライターを窓の外に投げ捨てる。ここで、二人はすべてのわだかまりを消し去ったと言えるだろう。二人は吸おうとしていた煙草も投げ捨てる。
昌妙はもらった携帯ラジオでロカビリーを流しながら草原を歩いている。ラストシーンは、昌妙が一本の木にもたれかかり、目を閉じて音楽に聴き入るところ。その表情は、一瞬の都会への憧れ、ハンサムな青年とのロマンスなどの夢がやはり夢でしかなかったという諦めの表情だろうか。
こういう話でタイトルは「美しい庵主さん」だが、実はもっぱら主役は悦子の方で、結局お互いに好きなくせに悦子がめんどくさい女で素直でないから巻き起こすドタバタラブストーリーと言うところだ。浅丘ルリ子がタイプの人にはそういう見方で楽しめるかもしれないが、そうでなく、芦川いづみ派には微妙だ。とにかく悦子は強気でめんどくさいだけだった。もう、自分だったら絶対昌妙さんに乗り換えると思わせる映画だった。
悦子主役目線で見るとちょっと陳腐なラブストーリーだが、そこに昌妙が加わることで、少しは深みが加わっている。
しかし、なんだかんだ言って、結局この映画は、芦川いづみの丸坊主の尼さん姿を愛でるだけの映画と言えよう。
※
序盤、昭夫と悦子が道路の真ん中で言い合いになり、車が渋滞した挙句、接触事故まで起きるというのは、まあご愛嬌として、そこから場面転換して尼寺のある田舎道で自転車同士が衝突すると言うのは、何の意味があるのだろう。センスのいいつなぎ方とは思えなかった。
ラストで二人が帰るときのバスには北陸交通の文字がある。能登地方が舞台となっているようだ。
昌妙が誰からのものかわからない大量のラブレターを保管していたということは、恋愛への憧れ、期待があったということだろうが、差出人がさえない駅員であったことが判るとあっさり振ってしまう。これが昭夫のようないい男だったらどうなったことか。この辺の掘り下げがもっとあって、昌妙中心の話にしてくれればもっと面白くなっただろうに、なぜか悦子が話の中心になって行き、残念だった。