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アイズ ワイド シャットのおはぐのレビュー・感想・評価

アイズ ワイド シャット(1999年製作の映画)
3.6
アルトゥール・シュニッツラー著の「夢小説」を原作に完全秘密主義で製作され、スタンリー・キューブリック監督の遺作となった一作。ニューヨークで暮らす内科医ビルは、結婚9年目となる美しい妻アリスや6歳の娘とともに何不自由ない裕福な生活を送っていた。ある夜、アリスから過去に他の男に性的欲求を感じたことを告白され、強い衝撃を受けたビルは妻が見知らぬ男に手篭めにされる妄想に取りつかれる。気分が落ち着かぬまま深夜の街を彷徨い歩く彼は、友人から秘密の集会に関する話を聞き、禁断の世界に没入していくのだが…。


印象的に使われるショスタコーヴィチのジャズ組曲第2番(舞台管弦楽のための組曲)の第2ワルツが醸し出す、夢か現か区別がつかない不穏で耽美な世界観が魅力的な一作。惜しくも本作が遺作となってしまいましたが、もしキューブリック監督がご存命であれば、何故この曲を選んだのかお尋ねしたいと思っているくらい作中イメージにぴったりな選曲に痺れました。

本作は原作本からも分かる通り、フロイトの夢判断に基づいた話です。フロイトの夢判断とは、人が観る夢は無意識下に抑圧された欲求や記憶が投影されたものという考えであり、その人物が過去に体験したトラウマやコンプレックスが夢という形になって浮かび上がってくると論じられています。妻の告白から猜疑心に囚われたビルが次々と怪奇的な現象に巻き込まれ、いま彼の目の前で起きているのは夢なのか、現実なのか。簡単には区別がつかない混乱の中、魅惑的な女性たちに弄ばれる彼を覗き見ているようなカメラワークに「もしかしたらこれはビルの夢ではなく、夫に対する不満が炸裂したアリスの夢なのではないか?」と更なる混乱をも招く曖昧模糊な描写で描かれている点が見事でした。

原題の「Eyes Wide Shut」とは、結婚にまつわるベンジャミン・フランクリンの警句「Keep your eyes wide open before marriage, and half shut afterwards (結婚前は目を大きく見開き、結婚後は半分閉じよ)」から取った言葉だそうです。欧米では結婚式のスピーチとして使われることが多く、日本で言うところの“3つの袋”のような決まり文句のようなもの。ビルは妻の不貞なんて一度も疑ったことがなかったがために、嫉妬と共に自身の倫理感が崩れていくような感覚に襲われ、奇妙な集会に足を踏み入れてしまいます。長年連れ添い、勝手知ったる仲であったとしても全てを知ろうとせず、適度に“目を瞑る”ことが夫婦円満の鍵だと、監督は伝えたかったのではないでしょうか。
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