2024年398本目
ダメ。ゼッタイ。
『ブラック・スワン』のダーレン・アロノフスキー監督が、ドラッグに溺れていく人々をエキセントリックに描写した衝撃作
ブルックリンに住む孤独な未亡人・サラ。ある日、お気に入りのテレビ番組から電話抽選で出演依頼を受けたサラは、スリムなドレスを着こなそうとダイエットを始める。一方、息子のハリーは恋人・マリオンとのささやかな夢を叶えたいと麻薬売買に手を染める。季節が変わり、赤いドレスが着られるようになったサラは、ダイエット薬の中毒に、麻薬の商売がうまくいかなくなったハリーとマリオンは、自らがドラッグの常用者となっていた……。
原作は、アロノフスキーと共同で本作の脚本も手がけたヒューバート・セルビー・ジュニアの小説『夢へのレクイエム』。今敏監督の『パーフェクトブルー』に影響を受けた作品である。2009年にイギリスの映画雑誌「エンパイア」が発表した「落ち込む映画」ランキングで第1位に選ばれた。出演は、『ファイト・クラブ』のジャレッド・レト、『アリスの恋』のエレン・バースティン、『ビューティフル・マインド』のジェニファー・コネリー、『AIR/エア』のマーロン・ウェイアンズ、『テルマ&ルイーズ』のクリストファー・マクドナルド、『π』のマーク・マーゴリス、『遊星からの物体X』のキース・デイヴィッドなど。
本作の魅力は、4人の登場人物がそれぞれの「夢」を追い求めながら、破滅への一本道を歩む絶望的な構成にある。サラはテレビ出演を夢見てダイエット薬に依存し、ハリーと親友・タイロンはドラッグ密売で成功を掴もうとし、ハリーの恋人・マリオンは自身の居場所を守るため体を売る。彼らの選択は、いずれも日常の孤独や痛みから目を背けるための逃避であり、最終的には全員が取り返しのつかない事態を迎える。特に、母親・サラの姿が象徴的だ。テレビの中の幻想に縋る彼女の孤独と、それが薬物依存によって蝕まれる様子は、夢が時に救済ではなく破滅をもたらすことを示唆する。
アロノフスキーの演出は、本作に中毒性を与える。ドラッグ使用を描くシーンのリズミカルな編集や早回しは、薬物の快楽とその裏に潜む恐怖を同時に表現する。頻繁なクローズアップや高速カットは不快感を与えつつも、目を離せない吸引力を持つ。また、繰り返される「日常」の描写が徐々に悪夢へと変化していく様子も見事だ。サラが空っぽのテレビを見つめ続けるシーンや、マリオンが体を売るシーンなど、台詞を極力排除し、映像だけで絶望を伝える力強さがある。
本作は、現代社会そのものが「ドラッグ」と同様に中毒性を持つ存在であることを示唆している。虚構に依存し、現実から目を背ける人々の姿は、そのまま観る者自身を映し出す鏡でもある。夢や希望は確かに人を支える力となるが、それに囚われすぎれば破滅を招く危険性がある。本作が投げかけるのは、まさにその危うさへの警鐘であり、現代人が抱える問題を鋭くえぐり出している。
クライマックスはとにかく容赦ない。物語が好転する様子は一切なく、「終わり良ければ全て良し」の逆を行く構成が、心に忘れがたい痛みを刻み込む。