このレビューはネタバレを含みます
2025年6本目
ボカシと邦題のせい
世界中の映画祭で60以上の賞を獲得したファンタジックホラー
永遠に年をとらないバンパイアと、孤独な少年の交流を描いたヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの小説『MORSE -モールス-』を、原作者自らの脚本で映画化。
内気で友達のいない12歳のオスカーは、隣の家に越してきた少女・エリに出会う。彼女は夜にだけ外出し、キャンディも食べられない不思議な少女だった。同じ頃、街では不可解な失踪や殺人が起こり始め、オスカーはエリがバンパイアだと気付く。
主演のカーレ・ヘーデブラント、リーナ・レアンデションは本作が映画初出演。『裏切りのサーカス』のトーマス・アルフレッドソンが監督を務めた。原題「Låt den rätte komma in」は、「正しき者を招き入れよ」という意味。2010年には、ハリウッド版リメイク『モールス』が公開されている。
舞台は1980年代のストックホルム郊外。12歳の少年・オスカーは、学校で同級生からいじめられ、孤独な日々を送っている。そんな中、隣の部屋に引っ越してきた少女・エリと出会う。エリはどこか不思議な雰囲気を持つ少女で、オスカーと彼女は少しずつ心を通わせていく。一方、街では不可解な殺人事件が続発。やがてエリの正体が吸血鬼であることが明らかになり、2人の関係は予想外の方向へ進んでいく。エリとの交流を通して、オスカーは自分の弱さに向き合い、変わるきっかけをつかむが、この物語は単なる少年の成長や純粋な恋愛物語ではなく、吸血鬼という存在が抱える深い悲しみや孤独、そしてオスカー自身が直面する厳しい現実が描かれ、観る者の心を強く揺さぶる。
本作は、人間と異形の存在との恋愛を描くジャンルの一例だが、エリとオスカーの関係は、いじめや孤独といった現実の苦しみを背景にした、癒しと救いを求め合う共依存的な絆として描かれている。エリが吸血鬼であること、そして性別すら超越した存在であることが明らかになると、物語の中で一層の奥行きが生まれる。エリの「もし私が女の子じゃなくても好きでいられる?」という言葉は、性別や種族といった枠組みを超えた真の愛について考えさせられる。
トーマス・アルフレッドソン監督の演出は、静謐でミニマルな映像美が際立っている。雪に閉ざされたストックホルム郊外の景色は、物語全体に冷たくも美しい雰囲気を与え、オスカーとエリの閉じられた世界を象徴している。また、暴力描写や血液の使用についても過剰にセンセーショナルにすることなく、むしろ静けさの中に潜む恐怖や緊張感を引き立てている。
オスカー役のカーレ・ヘーデブラントと、エリ役のリーナ・レアンデションの演技は、本作の成功を支える大きな要因となっている。オスカーのか弱さや未熟さを体現するヘーデブラントと、エリのミステリアスで中性的な存在感を放つレアンデションの組み合わせは、彼らの純粋で切ない関係に説得力を持たせている。
本作の結末は、エリとオスカーが列車で逃避行をする場面で締めくくられる。この終わり方は、一見すると2人の愛が成就したように思える一方で、その後の暗い未来を予感させるものでもある。「正しき者を招き入れよ」という原題の持つ意味を踏まえると、エリを「正しき者」とするオスカーの選択は、彼にとって救いであると同時に、新たな呪縛を生む可能性を孕んでいる。