フライヤー

道のフライヤーのネタバレレビュー・内容・結末

(1954年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

主人公(ジェルソミーナ)がとにかく魅力的、ショートカットにくりくりしたおめめ。アメリのを思い出す笑った顔。枝分かれした木の真似をして、手を挙げるところがかわいかった。

家が貧乏で、いなくなった妹の代わりに旅芸人(ザンパノ)の助手となる主人公。最初は望まない関係になるが、徐々に夫婦のように、芸人に慕うようになる。このシーンは(自分の記憶が正しかったら)旅芸人の記録やゲームオブスローンズの連れていかれるヒロインが、最初は受け入れられなかったが妻として生きていくことになったときを思い出した。

ストックホルム症候群のようなものもあるのだろうけど、本人のキャラも相まって、ジェルソミーナ側からしたらピュアなストーリーとして描かれていた。

トランペットを吹いている楽団についていったら、人の流れに流されて、よくわからない道をひたすら、人の流れに押されて歩いていく。そして、派手な綱渡りをする芸人をみる。このシーンがザンパノといる以外の別の道もあるというタイトルの「道」をあらわしているのかとおもった。

サーカス団員となったが、綱渡り芸人が小ばかにしてくるためザンパノが怒って警察沙汰になる。ジェルソミーナは「私はこの世で何をすればいいの?」と泣くが、綱渡り芸人はザンパノはお前に惚れているんだよ、小石でも何かの役に立つ。と励ます。いつ死ぬかわからない仕事だ、と言う綱渡り芸人は、その死の怖さの裏におどけた態度をとってしまっていたのかなと思った。

僧院で二人で食事をしている姿が、苦労を乗り越えた二人の夫婦の姿のようで泣きそうになってしまった。しかしザンパノからの愛している言葉もきけないし、涙をこらえて手を振るシーンは僧院にこのままいたほうがいいのか葛藤が強くある姿を表していた。

ザンパノが綱渡り芸人を殺してしまい、ジェルソミーナも芸ができなくなってしまった。もともとザンパノが僧院のものを盗もうとすることに加担することに強く拒否していたし、殺人という悪いことをしてしまった彼、そして大切なことをいろいろ教えてくれた綱渡り芸人がなくなったことに対して、「彼の様子が変よ」と口走りもう正気ではいられなくなっていた。二重人格状態になってしまった。ザンパノの妻として務めようとする冷静な自分と、正気で居られない自分。そしてザンパノはラッパを置いて彼女を置いて行ってしまう。4.5年後サーカスで新たな女と一緒にいるザンパノ、散歩したときに、ジェルソミーナがラッパで吹いていた曲をうたっている女性がいた。なんとジェルソミーナは数年前に死んだのだった。

砂浜で泣いているザンパノは、確実に彼女を愛していたのだった。

最後は悲しかったけど、途中は予想外に心が温かくなったり、王道ではないストーリーにちりばめられる嫉妬や愛、切なさが感じられる映画だった。