義民伝兵衛と蝉時雨

あばずれ女の義民伝兵衛と蝉時雨のレビュー・感想・評価

あばずれ女(1979年製作の映画)
4.6
家族や社会と折り合いの付かない自閉的な青年の孤独感と、親に虐げられ学校にも馴染むことのできない少女の孤独感、その共鳴。ドワイヨン監督が新聞でたまたま目にした実際に起きた少女誘拐事件の記事、その浅薄な文章とその背後に隠れる真実、そこに想像と創造を巡らせて、非情なまでのその隔たりや差異が炙り出される。

壁一枚を隔てて冷ややかな世間や家族に包囲された屋根裏部屋に身を潜め、脆くも儚い二人だけの孤立した安息の世界が密かに築き上がり温まっていく。誘拐犯の孤独な魂と囚われた少女の孤独な魂の異形な溶け合い。その異様ながらも純粋な魂二つが溶け合って発光する美しさは圧巻。鬱屈としたお先真っ暗な絶望感はたまた虚無感の中で、ひらひらてらてらと光輝く刹那的な安閑や安堵感。自然光に照らし出されて輝くその光景の儚さや、そこで瑞々しく迸る情動の脆さが眩しいほどに美しくて切ない。

人生や運命、そして人間社会の過酷さが、ドワイヨン監督らしい生々しい心理描写や慎ましい映像美によって、可笑しみも含めつつ辛辣に炙り出されている。
先天的な性質や生まれ落ちた境遇というものの変えようの無さが垣間見え、
ワイドショーや三面記事などマスメディアの報道、そして現代ではSNSなどにも騒々しい雑音のように溢れかえる大量の浅はかな情報や憶測と、その背後で等閑にされている真実や真相のギャップといった、世間の風評と現場に存在した真実の大きな隔たりなども垣間見えてくる。
上っ面でしかない表象を切開して、その根底にある意志を覗き見る力。
現象を砕いて、その内奥に存在するイデアを見抜き拾い上げる力。
本作はその大切さも改めて感じさせてくれる。

瑞々しくて美しい主演の二人を筆頭に、素人俳優達の魂の躍動がこれまた先入観を砕き割り、職業俳優では叶わぬ発光を魅せる。全体的にもブレッソン監督のシネマトグラフを彷彿とさせるような恍惚感。後のドグマ95の「ジュリアン」などにも繋がっていく。