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地球の静止する日のmasatのネタバレレビュー・内容・結末

地球の静止する日(1951年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

宇宙が地球を警戒している!

映画の歴史の中で、いよいよ色々な輩が、
宇宙から来始めました。
最大のポイントは、歓迎すべきか、否か?

始まって5分もたたないうちに、銀の円盤がワシントン上空にやって来た。オッ、これはテンポがイイぞ。
広場に着陸した円盤から、巨大なロボットが、銀色スーツの宇宙人らしき人物と共に・・・
ついにコミュニケーションが執れる相手が登場した。
彼らは伝えに来たのだ。
金星人を筆頭に“征服”を目的にやって来た宇宙人とは違い、「話したいことがある」と。それは(優しい口調の)“警告”だった。
次第に、宇宙全体が地球人を警戒していることが分かって来る。
植民地獲得のために戦争を起こす。そんな歴史を繰り返し、そんな“性”を持つ人間、即ち地球人に対し、宇宙に於いて、そんな事をしたらタダじゃ済まさんぞ!と前もって、あたかも叱りつける様に、苦言を呈しにやって来たのだ。
お前たちが実験を昨日成功させた爆弾を積んで、宇宙へ飛び出したら最後、一瞬にして亡きモノにする、と。

SFの一つの使命となった“警笛を鳴らす”、
そんなドラマの古典とも言うべき作品。このプロットは、その後、不朽となった。
思慮深い精神性を人間以上に持ち得ている宇宙の生物。彼らの外からの目線は、地球は醜く、破滅に向かっているのだ。
その自業自得振りを宇宙に振り撒くなと警告しに来た人は実に高貴で、何度撃たれても諦めない。そんな宇宙からの使者が、市井の生活に入り込み、子供という最も無垢なる視点を活用し、“地球及び人間の真実”を知っていくのが痛快。
後半のスペクタクルは、どうにも言う事を理解しない人間へ、一つの実力行使、それはたった30分だけ、地球を原始時代に変える、即ち、全機能を止めてしまうのだ。
その静止の時間に、先の子供の母親とエレベーターに閉じ込められてしまった宇宙の使者のシーンが秀逸。

いま観ると色々気になるところがおありの輩はいるだろう。
しかし、今回初めて見たが、全く気にならない展開で、90分と言う時間を、見事に手際よく隙なく描く。
流石、ロバート・ワイズ。
本作でSF映画の礎を築き、片や、『たたり』(63)でホラー映画の礎を築き、その前後でミュージカル映画の頂点を2本も産んだ。70年代からの(ほぼ)最後の10年は、これらの変奏だった。
やはり、編集者出身の監督は、キレが良い。音による効果を追求する「音響編集」から始まったワイズは、『市民ケーン』を切った男である。リズムと音感、そのキレの良さが監督作に瑞々しく溢れていた。
特に音に関しては2大ミュージカルは言わずもがなだが、特に『たたり』の呼吸する家の音、そして、本作の上空から現れる未確認飛行物体音、あのテルミンの音色と、地球が静止した瞬間の音は、特筆に値する。
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