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地球の静止する日のmahoのネタバレレビュー・内容・結末

地球の静止する日(1951年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

禁断の惑星でも怪物の正体が人間のイド(潜在意識)だったのと同様に、この類のSF映画は人間の愚かさを、人間の人間臭さを、顕著にするなあと思った。

原子力による発電が1942年に現実的になり、51年に初めて実用化された。この映画が公開されたのは51年だから、まだ実用化はされてないけどされそうな時期。
かつ、東西冷戦の時期。
原子力による発電を行うのをやめて欲しい、地球が滅亡するから、というのを伝える目的でクラトゥは地球に来る。
そしてクラトゥがいる惑星は戦争が無い。もっと私たちのように賢くならなければ、と言っている。
プロデューサーのジュリアンブロースタインは、冷戦時代の国家対立を危惧し、何らかの形で世界情勢を表す映画を作ろうと考えて、今作が生まれたらしいが、とてもよく表せていると思う。
実際これを観て戦争反対の意志が強くなった、争いごとがより馬鹿馬鹿しく思えるようになった、人も多くいたのではないか。人が見知らぬものにどう反応するか、のテーマも面白い。

SF映画でありながらスペクタクルを重視したものではなく、人間の愚かさにフォーカスが当たっている。それでいてゴートや宇宙船が映し出されるシーンでは電子音や不穏なオケも相まって超人類感もある。
SF映画の面を被った反戦映画だ。
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