垂直落下式サミング

チャイナタウンの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

チャイナタウン(1974年製作の映画)
5.0
ポランスキーからのアメリカ・ハードボイルド映画への贈り物のように感じられる。
私立探偵が偽の依頼主に一杯食わされて、それから本気になってある事件に取り組むが、気付いたら巨大な陰謀に片足を突っ込んでいるという展開は、ハンフリー・ボガートなんかの映画ではおなじみのものだろう。
夫の浮気という小さな事件を追いかけていくうちに、ロサンゼルス市の水源地をめぐる政治的なスキャンダルが浮かび上がり、さらには裏で利権を牛耳ろうとする権力者と、その娘の暗い過去が明るみに出てくる。
これもまたハードボイルド探偵小説によくあるプロットのひとつ。この映画は、原作小説のないオリジナルの脚本だが、ジェーク・ギテスという私立探偵が幾度となくパルプマガジンのなかで活躍してきたかのような錯覚を起こすほど、ホンモノの風格を持っている。
それでいて、形式だけなぞっただけの心ないストーリーではけしてない。むしろ、ハードボイルドの型を使いながら、途中からはまったく新しい物語として転がしていく。このエポックメーキングな脚本を書き上げたロバート・タウンの仕事は称賛に値するものだと思う。
頭の回転がはやく事件のカンどころを的確に押さえていく私立探偵のジャック・ニコルソン。やくざな稼業をしていることへの引け目からくるシニシズム、とはいえアメリカの男らしい押しの強さや、若干の男権的なプライドもひとりの心の内に同居するのは、人の人らしいリアリズムだ。荒っぽいくせに存外に知性的で繊細な印象、あるいは内に秘めたキュートさまでも、多層な人間味を受けとることができる。
名監督ヒューストンは俳優としても堂に入った存在感。『黄金』で老賢人として若者二人を導いていたウォルター・ヒューストンを思い起こすが、息子の方は更にアクが強いラスボスの風格だ。
ジョン・ヒューストンの役者ぶりは、おなじく監督作『黄金』での特別出演を見て知った。そこで演じているのは、前半でボガートに何度も金をたかられる男という何のことはない役だ。自分の演出した映画にちょい役で出るのは、ちょうど『チャイナタウン』のポランスキーも同様である。
『水の中のナイフ』『ローズマリーの赤ちゃん』『テス』『戦場のピアニスト』『ゴーストライター』『おとなのけんか』…。ロマン・ポランスキーは、映画芸術の申し子なのではないか。今になって、そのくらい太く強く、この語感のよい名前が感性に響きはじめる。