垂直落下式サミング

007/カジノ・ロワイヤルの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

007/カジノ・ロワイヤル(2006年製作の映画)
4.0
6代目ボンド、ダニエル・クレイグ主演による人気スパイアクション。英国諜報部MI6で昇格した若き日のジェームズ・ボンド。彼の最初のミッションは、国際テロ組織の金銭のネットワークを断つことだった。ボンドは、彼らの資金源である男と高額の掛け金でのポーカー対決を行う。
ダニエル・クレイグのシリーズの見物は、リアル志向のアクションであるとか、美的にデザインされた撮影であるとか、象徴化されていくストーリーであるとか、他にもいろいろあるだろうけれど、僕としては、「サラリーマンとしてのジェームズ・ボンド」という新機軸を作ったことが、いちばん大きな功績だと思う。
公務員の滅私奉公。精一杯頑張ってその場の最善を尽くしているのに、上司のババアによく怒られててかわいそう。現場人間の悲哀を背負いながら、今日も今日とて、世界中でせっせと人殺しの汚れ仕事をこなしている。映画公開前は批判も多かったダニエル・クレイグ氏だけれど、これまでの誰もやってこなかった健気で生真面目な新ボンドをよく演じたと思う。
悪党は世界のイケおじマッツ・ミケルセン。大作映画がマツミケを使うと、だいたいどうでもいいような役にあてられて魅力が半減するけれど、本作の悪役はとてもいい。目から垂れてくる血涙を拭くとか、額に汗を浮かべてタマキンをしばくところなど、全身から悪漢の色気をたぎらせていた。
ダニクレ版は、『慰めの報酬』がいちばん好きなので、ジャンカルロ・ジャンニーニが演じる元MI6のおじさんが出てくるのが嬉しかった。本作でも死体処理の係。面白いのは、「人間てのはたとえ死んでも誰かの役に立つものなんだ。」というセリフ。続編の展開を示唆する伏線が張ってあったわけね。この人の死に様は、とてもいい。こうありたい。
新ボンドガールのヴェスパー・リンドという女性は、美しく理知的で時にはボンドを出し抜くような頭の切れる女。ふたりの掛け合いは、性格の悪いインテリ同士の口論のようで、みていて辛い。
あんまり触れてほしくない出自とか内面についての精神分析みたいなのを、初対面でお互いにずけずけと皮肉を交ぜ込んで言い合うのだけれど、二人ともすげえ鼻につく嫌な奴でイライラ。ボンドさんは時代錯誤のいけすかない奴だけれど、それに張り合ってくるようなキツイ女も可愛げなくて苦手だなあ。こいつらの隣のカウンター席は座りたくない。
ヴェスパーは、ボンド氏が後々まで引きずる女になっていくけれど、007みたいなシリーズで前後に繋がりがありすぎるのは、あんまり嬉しくない。
そもそも裏切り者だったのだし、あんまタイプじゃないし、コイツこそ捨て置かれたって文句言えないようなキャラクターだと思うのだけれど、ダニエル・クレイグが演じるシリーズでは、良くも悪くもボンドは情緒的な人間として描かれる。今までの奴らだったら、女の死なんかでうだうだしない。ボンドは、そんくらいの人でなしでいいと思いますけどね。
ここから、賛否両論巻き起こすいろんな掟破りを続けていくことになるけれど、堂々たる新章開幕だったと思う。ダニエル・クレイグ主演シリーズのなかでは、最も単品で成立しているから、わりと好き。
ベストシーンは、黒人のお兄ちゃんを捕まえようと建設現場みたいなところに入っていく追いかけっこアクション。ボンドはスパイとして訓練されているから、身体の動きが正統派なスポーツもしくは障害物突破訓練の延長っぽいのに対して、悪者はチャラついたパルクールっていう対比。上品vs下品で競わせて溜飲下げるのが好きな民族第一位はイギリス人だと思う。(ド偏見)
007とは、元来そういういけすかない話なのである。