カラン

ガンジーのカランのレビュー・感想・評価

ガンジー(1982年製作の映画)
3.5
マハトマ・ガンディーの半生。1869年に生まれ、インドのイギリスからの独立と1948年に拳銃で暗殺される。映画は巨大な葬送行進で始まり、19世紀末にイギリスで弁護士資格を取得後に赴任した南アフリカでインド人差別の抗議活動を描いた後は、インドの非暴力の独立運動の展開に進む。

☆深きところに届く言語

インドは多民族国家で、ヒンドゥー教、シク教、仏教、イスラム教、キリスト教、その他の宗教が入り乱れながら歴史が紡がれてきた国家なわけで、憲法では公用語に21の言語が指定されているようだ。ヒンディー語が多いが、マラーティー語、ウルドゥ語、ベンガル語、タミル語等々、ヒンディー語以外でも朝鮮語よりも話者数が多い言語も多数あるのである。

しかし、本作は雑踏でガンディーを一目拝もうとする群衆が「नमस्ते」(ナマステー)と、ヒンディー語で挨拶をする声は聴こえてくるが、ガンディーもその周囲の人々も、庭先であろうと、政治的な議論の場であろうと、13歳で結婚した妻と2人であろうとも、すべからく英語で会話するというのは、どうしたものなのか。

一部を挙げるにとどめるが、ヴィスコンティの①『地獄に堕ちた勇者ども』(1969) と②『ベニスに死す』(1971)、ベルトルッチの③『ラストエンペラー』(1987)といった英語の大作は、人生と人間社会の深いところを描出していると思っている人が多いだろう。本当なのか?

①ナチスにやられるプロイセン貴族の一家がドイツで、②ウィーンの老作曲家がイタリアのベネツィアで、③日本軍と中国の板挟みになる愛新覚羅溥儀が満洲国にて、英語をひたすら話す。

私がいいたいのは、『万葉集』は日本語で読まないと理解できない、ということではない。『七人の侍』(1954)を初めて観る人が、スクリーン上の役者の唇が英語の発声で動き、実際に英語のセリフが聴こえて、画面下部に日本語字幕がついているのを観て、「『七人の侍』は実に奥深いな」と思うのは不可能だし、そう感じるならばその人は勘違いしているだろう、という単純なことだ。マーティン・スコセッシの『沈黙』(2015)で精神薄弱のキチジローがなぜポルトガル人宣教師と英語で話しているのか。どういう考証が、このような設定を正当化できるのか知らないが、映画的リアリティーを観た人がきっと痛感するだろうとスコセッシが思いなすのは、言語的帝国主義の発露である。それを素晴らしいと感じる鑑賞者は映画を観ていないが観たと勘違いしている概念的鑑賞者なのであり、映画が発散するイデオロギーに可哀想なくらい無自覚である。

このおかしさは、素っ頓狂で場違いな劇伴がかかる映画に似ている。邪魔だし、気が散るのだ。私たち映画愛好者は色々な映画で色々な役者が色々な言語を話し、色々な土地を巡り、色々な別れと出逢いを通して、映画の旅をしたいのである。もし深い体験というならば、まず、その色々な人や土地や言語の固有性から始まる。その固有性をドキュメンタリー的に全面的に肯定するのでも、古典的リアリズムの映画として部分的に借用するのでも、フォルマリズム的アートムービーとして破壊と変形と再創造に向かうのでも、固有性が前提になるのだ。

本作では、人々はイギリスからの独立を切望している。イギリスの繊維を買おうとするからインドの綿花と繊維業が貧困に喘いでいる。だからイギリスの繊維製品を買うのをやめよう。塩もイギリスからから買うのではなく、インド洋の沿岸で自作しよう。こうしたインドの努力を描こうとする映画が、政治的なセリフも精神的な吐露も家族の会話も全てを英語でやるというのは、いかにもおかしい。

☆ヒーロー

ガンディーが優れた政治指導者であったことに異論はない。しかし優れた政治指導者は生活まで優れていなければならないのか。そういう必要があるかもしれない。政治家なのだから。大谷翔平もまた優れた人格者でなければならないのだろうか?彼はそうかもしれない。では、アッバス・キアロスタミは優れた人格者でなければならないだろうか?レイプをしていないのでなければならず、レイプをしたのならば彼の映画は観てはならないのか。

ガンディーを英雄的に描こうとして、彼の考える宗教的宥和策を描き損ねている。何かにつけハンガーストライキばかり言いだして、死に急いでいるようだ。それでは彼の死が形ばかりになり、英雄崇拝としても失敗だろう。なお、ガンディーは幼年期にタバコ代を捻出するために家の召使いの給金をくすねていたし、宗教的戒律を無視して、肉食していたともある。こういうことを無視しているのも、子供っぽい英雄崇拝に思えるゆえん。




初めの40分ほど南アフリカはロングショットが使われない。遠くが映ると困る事情があるのだろう。インドに戻ってからはロングショットが多用されて、いくらかすっとした気持ちになる。3時間オーバーだが、意外と最後まで観れる。大勢集めてきたエキストラとそれを捉えるロングショットのもたらす悦びだろう。ガンディーの入門には良いのだろうが、他の文化と歴史に対する誠実さが足りない。


Blu-ray。画質も音質もよい。5.1chにリマスタリングされている。
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