Sari

モレク神のSariのレビュー・感想・評価

モレク神(1999年製作の映画)
3.6
ソクーロフによる権力者4部作の第1作。
アドルフ・ヒトラーとその愛人エバ・ブラウンが、腹心のゲッペルスと妻マグダ、道化じみたマルティン・ボルマンらを迎えて山荘ベルヒデス・ガーデンで過す束の間の休暇をどこか歪んだ絵画めいた色彩で描写してゆく。

冒頭、「荒鷲の要塞」と呼ばれた石仕様の山荘で目覚め、宗教神殿の捧げ物のように裸身で直立するエバ。エバの一連のシークエンスが神話のように美しい。ヒトラーの前では愛人として振る舞い矮小するエバだが、ヒトラーもエバの前では、体調が悪化しているなどと言って弱音を吐く。
晩餐や茶会での男たちのネジのはずれたような会話、誇大妄想の繰り返し…まるでコメディのような演出。
ホラー映画的な要塞のセットには靄が立ちこめ、室内シーンでさえボヤけて見える。その中を徘徊する登場人物たちはまるで亡霊のよう。『独裁者たち』のような、またソクーロフ監督全作に共通すると言っても過言ではない幽霊譚であるが、脱神話化した普通のオッサンである人間ヒトラーは観たことがない。
女性たちのクスクスとした笑い声、靴音、どこからともなく聞こえる物音などの音響の厚みを感じる。

2023/05/29 名古屋シネマテーク
【アレクサンドル・ソクーロフ監督特集】
35ミリフィルム上映にて
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