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マッチ工場の少女のnetfilmsのレビュー・感想・評価

マッチ工場の少女(1990年製作の映画)
3.8
 丸太は等間隔に切り刻まれ、何やらコンビナートのような場所に固定されている。そこから薄く切り刻まれた木材が続々と運ばれ、反物のように折り畳まれる。パルプか何かを作るのかと思って興味深く観ていると、その木材は更に細かく切り刻まれて、チップのような姿で振るいに掛けられる。工場ではどうやらマッチを作っているらしい。女はその最終工程、検品の作業を担当している。左から右に素早く流れて来るマッチ箱の束に、女は注意深く目を光らせる。工場の単調な仕事の繰り返しの毎日、彼女は帰りのバスで小説を読むのが僅かな楽しみだった。商店に立ち寄ってはパンとミルクを買い、貧しい集合住宅の階段を昇ると彼女の家がある。イリス(カティ・オウティネン)はこの狭い住居で母親(エリナ・サロ)と、怠け者の再婚相手(エスコ・ニッカリ)と3人で暮らしていた。母親は一切の家事をせず、鉢植えの花を見ては呑気にタバコをくゆらす怠惰な女性だった。イリスは疲れ切って帰って来たが、夕食の用意をするのはいつも彼女の仕事だった。ある日の社交ダンス・パーティ。女は勇んで出掛けるが青年たちは誰も彼女に声を掛けることなく素通りする。意を決して山吹色のワンピースを買った女の努力が実ったのか、イリスはアールネ(ヴェサ・ヴィエリッコ)という男に声を掛けられる。

 今作はカウリスマキ作品で初めて女性を主人公に据えた作品である。何もここまで主人公を過酷な運命に追いやらないでもと思うほど、イリスの思いに反して世間の風は冷たい。イリスの運命の人アールネとはその日の情熱的なダンスの後、行きずりの恋へと発展するが、その後の男の態度はどこかよそよそしい。男と結ばれた日から女は自分を女性だと強く意識し、めいっぱいおしゃれして化粧にも時間をかけるのだが、追いかければ追いかけるほど男は逃げて行く。これまでのカウリスマキの作品においては、もう若くもない男は女と出会い、人生を再起させようと奮闘したが、彼女の場合も同じようにアプローチする。やがて根負けした男はイリスの両親に挨拶に行くが、その夢も希望もない住まいに絶句する。悲しいかな男と女とは住む世界が違う。だが皮肉にもイリスのお腹には赤ん坊が出来ていた。慎ましく暮らしてきた女の細やかな夢は、愛する夫と子供とも幸せな暮らしのはずである。だが男にはそんな彼女の腹ずもりが心底重い。カウリスマキ映画の登場人物たちはいとも簡単に罪を犯す。いや、その決断に至るまでに彼ら彼女たちは様々な逡巡を繰り返してきたはずだが、その悩みぬいた過程は明らかにされず、すぐに実行に移したかに見える。彼女は自社工場で作ったマッチに静かに火を灯し、タバコをぷかぷかと燻らす。女の二面性が伺える細やかで確かな幕切れである。
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