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狂った一頁の消費者のレビュー・感想・評価

狂った一頁(1926年製作の映画)
4.6
・ジャンル
無声映画/ドラマ

・あらすじ
元船員の男は自らの虐待によって心を病み狂ってしまった妻を想い精神病院の小間使いとして働き日々見守っていた
その中は男女問わずそれぞれ異常行動を見せる者達で溢れ返り扱いはさながら動物に対してのそれだった
そしてある日、男の娘が病院へと訪ねてくる
過去の事もあり娘は男を当初避けていたがやがて悩みを吐露する
彼女には婚約者がいたが精神病患者の母の存在が結婚の妨げとなっていたのだ
その事実を知った男は妻を連れて脱走を企てるが…

・感想
川端康成の同名小説を原作とし脚本も彼が自ら担当した隠れた名作
‘26年(大正15年)に公開され、以降長らくフィルムが消えた物とされていたが45年後の’71年(昭和46年)に監督、衣笠貞之助の自宅の蔵にて発見されたという逸話がある
ホラー紹介YouTuberザザコさんの動画を見て気になったので鑑賞

無声映画であらすじ以外の説明が無く映像も大正の作品とは思えぬ程に前衛的な編集が施されているので観る人によって解釈が変わってくるだろう事は間違いない
それでも映画としての鮮烈さは長い時を経た令和の今でも時代背景を踏まえずとも伝わってくる物が大きい怪作というのが第一印象

現代は心療内科や精神科は当時に比べれば遥かに一般化し、メンタルヘルスの問題への理解も向上している
一方で未だ精神疾患や人格障害、発達障害等への偏見や差別は根深く“メンヘラ”や“持人”といった蔑称も存在する
だからこそ喜ばしい事ではないけれど本作には普遍的な強度が宿り続けている

妻を狂わせてしまった夫の抱える罪悪感
踊り子を通して表現される舞台上にいればスターとなり得るが一般社会に放り出されれば異常者として扱われるという風刺性
患者達の端々に見える“シャバ”にいた頃の名残り(遊女上がりであろう女性患者や踊り子に色めき立つ患者達の姿など)
また主人公である小使の男は罪悪感のみでなく誰しもが精神を病みうるという事も表現している様に感じられた

そして何より素晴らしかったのが映像
古い作品だからこその映像の劣化は逆に役者陣の表情演技に独特なオーラを纏わせ狂気の恐ろしさを増幅
機関車や豪雨を劇伴と絡み合わせ映し出し、時折挟まれる歪んだ妻の視界、男の妄想と現実がシームレスに絡み合う終盤など前衛や抽象の要素を多分に含みながらも主観こそがその人にとっての現実なのだと示す描写がどれも重たく印象的
中でも印象的だったのは妻が病院の庭で木々を眺めたシーン
上部にある木々が反転され下部にも繋がっているのが地に足を付けて生きられない悲哀と捉えられて切ない

展開も悲劇的で暴力夫であった男も精神を病んだ妻も共にそう簡単には変われないという現実がとにかく苦しい
混乱を極める院内で揉みくちゃになる娘の姿も個人と社会の関係性が持つ残酷さが色濃く伝わってきて何とも言えない感情が湧いてくる

YouTube上にはオリジナル版だけでなくAIでカラー化されたバージョンも配信されていたけどそちらも新たな印象が見えてきそうでその内観たいなぁ…
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