わたしには田舎の故郷ってゆうものはないのだけれど、ふと、雨露に濡れた草木と土の香りを纏った風が、吹き抜けるときがある。
懐かしくて、大好きなにおい。昔よく家族で登った山のにおい。
彼の記憶の断片のようなあの景色や素敵な人たちが、わたしにも不思議と、そして図々しくも懐かしさを感じさせてくれて、涙がこぼれる。
それは彼らのそして彼自身のうちに秘めた哀しみが、ぎゅぅっと凝縮されて美しい結晶になり、優しさと一緒に煌めいていたからかもしれない。
アウトドアキッチンでつくるお芋のパンケーキ。生まれたてみたいに真っ白なにわとり。ママのカラフルな花柄のスカート。
西へ西へと旅に出て、失ってしまったものと一周回ってその代わりに得て帰ってきたもの。
そのまぜこぜの輝きが、喪失した幸せをつれてきた、愛おしい追憶の旅。