ワンコ

英国式庭園殺人事件のワンコのレビュー・感想・評価

英国式庭園殺人事件(1982年製作の映画)
5.0
【ちょっとした解説を試みたいと思います】

「英国式庭園殺人事件」とは、かなり不穏な邦題タイトルを考えたものだなと思ったりするのだけれども、実は、努力の跡も伺えるように感じる。
それは、後で…。

オリジナルは「The Draughtsman’s Contract(ドラフトマンの契約)」で、実はなかなか凝ってるタイトルだと思うし、本当はこのまま使っても良いんじゃないかと考えたりするのは、余計なお世話だろうか。

“ドラフト(draught、或いは、draft)”だけだったら、下書きとかデッサンと云う意味で良いと思うし、”ドラフトマン”になったら、チェックボードゲームのコマという意味があるからだ。

(以下ネタバレ)

確かに、ネヴィルはデッサン画家なのだけれども、ハメられたことを考えるとゲームのコマだったことも明らかだ。

さて、この作品は、こうしたタイトルだけではなく、歴史や歴史認識に対する皮肉も多分に含んでいる。

そもそも17世紀終盤であることが序盤から示されるが、作中の会話の中にオレンジ公の名前や、カトリックへの改宗云々の話題、複数の地主に配慮するような発言があったことからも想像できる通り、これはイギリスの「名誉革命」を間接的に皮肉ってみせているのだ。

日本では名誉革命と訳されることが多いけれども、あちらではグローリアス革命と呼ばれて、無血革命という別名もある。

貴族が落ちぶれて、地主が力を持ち始めた頃とされるが、重要なイベントとしては、イングランド国王ジェームズ2世が娘のメアリー2世に追放され、メアリー2世の夫である”オレンジ公”ウィリアム3世が新たにイングランド国王になったのだ。

カトリック改宗の動きがあったことへの反感や反動、プロテスタントの国オランダによるイギリス政治への介入など背景にあるのだが、「権利の章典」によって国王が政治に介入しないイギリスの議会制度、つまり、立憲君主制、更に、カトリック勢力の影響を排除したイギリス国教会が確立されたことが大きな特徴だ。

何となく、映画のストーリーと照らし合わせてもなるほどと思ってもらえるように思う。

で、グローリアス(イギリス風のアクセントで鼻に抜けるように発音して欲しい笑)革命とか無血革命だとか呼んでいるけれども、裏では権謀術数、暗殺なども行われていて、そんな素晴らしいものじゃないっしょ…ってことなのだ。

方眼のスコープを利用した緻密なデッサンや、オリジナル・タイトルにあるコントラクト(契約)は、実は綿密に謀略が練られていたと云うような意味にも思えるし、華やかそうに見える貴族のあれやこれやも、綺麗なお庭も、流れる音楽も本当はうわべだけで、裏ではとても清廉とは考えられないことが行われていたと、逆説的対比でもあるように思う。

そして、通常ではそこに置かれていないものを描き、違和感をデッサンとして記録していたネヴィルを亡き者にしても、あの屋根から降りてきたり、壁に寄りかかる像や馬に跨る像になりすましていた謎の男を見れば、隠そうとしても隠しきれない汚れた行為が革命の裏であったことは多くの人は知っているのだと示唆しているように思えなくはない。

さて、こうしたことを全て考慮して、これが「英国式」というのであれば、邦題タイトルもなかなか考えたなということになると思う。

イギリス人は怒るかもしれないけどね。
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