井上井月の事を知ったのは矢張りつげ義春の連作短編『無能の人・蒸発』より。
まさか田中泯・主演で井上井月が映画化されてるとは知らなかった。
しかもナレーションは樹木希林、題字は石川九曜。
YouTubeでメイキングが見られるけどクランクアップの日が2011年3月10日という震災の前日。
漂泊の俳人・井上井月、しかし長年殆ど忘れられた存在で山頭火や芥川龍之介そしてつげ義春が紹介したことにより近年メジャーとなる。
岩波文庫から句集が出たのも2012年と割りと最近。
「翌日(あす)知らぬ身の楽しみや花や酒」
しかし思うのは俳人、詩人の餓死率の高さ。
アナーキスト大杉栄の仲間だった辻潤(『風よあらしよ』では稲垣吾郎が演じてた)や尾形亀之助等もその最後は餓死。
井月も最後は枯れ田で糞尿まみれで死んでいたという。
元は武士であり幼少のみぎりより剣や書に才覚を発揮した神童であったというが三十半ばで家も妻も捨て出奔し信州伊那谷に流れ着き三十年間この土地に居着いた果てに野垂れ死ぬ。
詩や文章に才があったとしてもそれだけで食って行くのは至難の業なのか。
井月がこうして名を残し田中泯が演じる迄になっているのは当然ながら1800以上もの優れた俳句を残したから。
ただ井月に関しては其の余りに破滅的な、常人には到底理解できない生き方による所も大きいと思う。
井月の余りに哀れでみっともない死に様は理解不能な点で三島由紀夫の切腹にも通じる処を感じる。
本作は映画というよりも井上井月を紹介するドキュメンタリーに田中泯演じる井上井月のドラマ部分を加えたノンフィクション番組みたいに見える。
当然ながら田中泯の《場踊り》を堪能出来る。
枯れ田に突っ込んで死の場面すらイメージの中では一面の雪景色の中で死装束の白い着物を着た田中泯が踊る美しい光景に。
それと衣装にも拘っててボロボロの着物《糞掃衣(ふんぞうえ)》今や海外でしか取れない天然蚕糸で作った着物だとか、瓢箪を下げた杖を持った井月の姿は何か異世界モノに登場する魔道士みたいな強者感。
井上井月の酒、バロウズの麻薬、妻を捨て(バロウズは殺して)逃げて放浪して…って何かこの両者は生き方が似てる様な。

田中泯と彼の衣装を担当している山口源兵衛がゲストトークに登壇した贅沢な上映を体験。お二人の話がとても興味深かった。

田中泯が映画で纏う糞掃衣（ふんぞうえ）をどうやって染めたか、の話は普段の仕事から養殖ではない天然の「野蚕糸」を東南アジアに探しに行くという拘りが生きる。
田中泯の「俳句を詠むようにサラサラと衝動だけでダンスを」という話も凄かった。

クランクアップしたの2011年310日はモデルになった俳人伊那の井月（せいげつ）の命日であり、田中泯の誕生日でもあると言う。
そして翌日は３月11日…。

映画では田中泯の踊りが堪能できます。

田中泯、樹木希林、一柳彗、金子兜太、石川九楊…
なだたるスタッフによってよくまとまっていました。井月巡りしたいです。